瀧口恵子の珍島物語 | 珍島に屠殺場があった頃

2018年02月07日

私の今のキャッチフレーズは「珍島の恵子さん」ですが、私は最初から珍島に土着したわけではありません。私たち夫婦はソウルの隣りにある京畿道(キョンギド)の九里市(クリシ)で新婚生活をスタートしました。会社の警備員をしていた主人は、珍島生まれの珍島育ち。知人のいない都会の生活が肌になじまず「珍島に帰りたい」をいい続けました。でも、体が弱い主人が珍島に帰ったところで農業はできません。職場がない、だから食っていけない。でも「田舎に帰りたい」という主人に根負けした私は「韓国に来る時には死ぬ覚悟で来た。京畿道で死のうが珍島で死のうが一緒!」と、当時6才の息子と生後100日の娘を連れて夫の故郷へ向かいました。今思うとこれが運命の分かれ道だったようです。

今回はそんな恵子さんが珍島で体験したお仕事の話をしようと思うのですが、ちょっと「閲覧注意」な話もあるので、心臓の弱い方はお気をつけください。

1991年も暮れる頃、木浦まで列車「無窮花号」で移動し、木浦からは子供を連れての引っ越しなので知人のタクシーを利用しました。家財道具はすでにトラックで送ってありました。「南の島は温かいのでは?」という理想とは裏腹に珍島はとても寒く、すぐに会社の退職金まで底をついて、懐まで寒くなってきました。

そんなある日、主人が屠殺場の経理の仕事を探してきました。「なんと、私が経理を? 数学が大嫌いで計算のできない私に経理? そりゃ牛が笑うわ~」と思いました。そしたら「経理なんて言葉だけ、簡単だから一度顔出してみたら?」と知人に言われ、単純な私は顔だけ出しました。

そしてのけぞりました。屠殺の現場を見ることになったのですが、殺し方がまったくの旧式なのです。牛の額に斧を打ち下ろして殺すのです。ベテランは一発で仕止めますが、不馴れな職人は一度で殺せず二度も三度も打ち下ろさなければなりません。倒れた牛の喉を掻き切ると、動脈だか静脈だかわかりませんが、血が滝のごとく流れ出ます。それをブリキの缶に受け、塩を入れるとゼリー状に固まります。これが牛血スープの材料になるのです。これを食堂の主人が買いにきたりします。

屠殺場では市内の精肉店から注文が来たら、牛と豚の屠殺の数だけお店に税金を請求し、町役場に申告します。獣医はその申告書にサインし、衛生的に屠殺した肉にペタンと印を押す。これで初めて精肉店でお肉の販売ができるのです。私の給料は、この税金の一部から支給される、という内幕でした。要するに、私がやった経理というのは帳簿に書き入れする難しいものでなく、税金の取立てに回る使い走りのようなものでありました。

当時、屠殺場は珍島市内から約2キロ離れた場所にありました。昔は木浦へ向かう船がここから出入りし、大きな倉があったので海倉(ヘチャン)マウルと呼ばれています。

仕事場の環境は最悪でした。牛は殺されことが分かるのか、目から涙を流すので、殺す直前まで頭に袋を被せたりするのですが、その鳴き声は悲痛で、耳をふさぎたくなります。超緊張すると動物も人間も同じらしく大便をするので、床は血糊と大便で掃除が大変です。それでも「女は弱し、だが母は強し」とはよくいったもの、午前中のわずか2~3時間で生活費が稼げるので、非常に魅力のある仕事場でした。怖いとか、かわいそうとかいってられません。二人のわが子を育てるため、恵子さんは走りました。

経理とは聞こえがいいですが、時には冷凍車がお肉を配達する時間に解体作業が間に合わず、私が直接お店まで配達することもありました。バイクの後ろにかごを付けて、ニンマリ笑った豚の頭を配達する時は、私もなぜかニンマリ顔になります。

それでも、何よりもありがたかったのは、新鮮なおいしい豚肉や牛肉が手に入ることです。良質の豚肉は鳥のササミとさほど変わりません。これでトンカツを作ると最高においしいのです。料理の腕前なんか関係なし! 要するに材料がよければおいしいのです。

生の牛肉は千切りにし、梨の千切りと混ぜて食べます。梨の甘さと牛肉が口いっぱいに広がって、これも最高です。果物の梨と生の牛肉という、日本では考えられない食材を合わせて食するという韓国人の食意識に感動しました。

「珍島に来たら食っていけないって思ったけれど、こんなにいいもの食べてて大丈夫かな?」という懸念の思い(?)が天に通じたのか、間もなく屠殺場は隣りの海南と合併し、珍島の屠殺場は姿を消しました。おかげで職は失いましたが、動物に苦痛を与えずにより衛生的に作業できる近代的な設備の屠殺場ができたことはありがたいことです。斧で額を叩き割られる苦痛を感じるより、電気ショックのほうが動物のためにもいいでしょう。

珍島の屠殺場は売りに出され、現在は珍島民俗文化芸術団という民間団体が珍島の芸能を学び伝承する施設として活用しています。

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