大田の近代建築を巡る

2014年07月03日

韓国の近代史に触れるレトロな旅

大田の近代建築を巡る

 大田(テジョン)市に観光に行くと言えば、たいてい帰ってくるのは「大田に何があるんだ」という言葉だろう。しかし、大田には他にはないいくつかの魅力的なスポットがある。そのスポットを訪ねるべく大田に足を向けた。
文/町野山宏記者
 
 ソウルから高速鉄道KTXに乗れば1時間で到着する大田だが、少しでも昔の時間に身をゆだねてみようと、「ムグンファ」号でゆっくりと訪ねてみた。なぜなら、今回の大田訪問のテーマは「近代建築」だからだ。レトロな情緒があふれる近代建築というと大邱が有名だが、大田にも魅力的な近代建築がいくつも残っており、旅人の訪問を待っている。旧忠南道庁舎をはじめ、日本統治時代の姿を残す町並みや、美しい装飾が目を引く銀行の建物など、多くのスポットが徒歩圏内に位置するため、散歩気分で楽しめる。大田の有名なパン屋「聖心堂」の名物、ニラパンと揚げソボロパンを駅で買って、さあ出発だ。
 大田は今では広域市となっているが、もともと畑ばかりの田舎町だったところに、日本統治時代に鉄道駅がつくられて日本人がたくさん住むことによってつくられた都市だ。当時は韓国人より日本人のほうが多く、日本人によって建てられた建築物も多い。その代表格といえるのが旧忠南道庁舎だ。
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 忠清南道庁はもともと公州にあったが、1932年に大田に移り、2012年までこの建物が道庁として使われた。黄色いタイルに覆われた建物は、官公庁らしい重々しい威容を呈している。韓国で大ヒットした映画「弁護人」のロケ地ともなり、韓国国内でも有名だ。どこかで見たことがあるように感じるのは、設計者が岩槻善之と笹慶一だからだろうか。彼らは朝鮮総督府建築課の技師であった建築家で、ソウル市立美術館としておなじみの大法院の設計者だ。外壁は縦の傷が入った黄色いスクラッチタイルを使っており、当時としては斬新な建物だった。1930年代は、それまでのさまざまな西洋の様式を取り入れた装飾の多い建築から、機能を重視し、節制したデザインのモダニズム建築への移行期で、モダニズム的な要素はありながらも装飾が残されている部分も興味深い。華やかさはないものの、細部に気を使った美しさが際立っている。
 木製のドアを開けて中に入ると、幾何学的な装飾が施されたアーチが雰囲気のいい空間を演出している。両側に長く伸びた廊下も、2階に上がる正面の階段も、天井の照明も美しい。正面の階段には大きな窓があり、明るい日差しが差し込んでいる。ここには昔ステンドグラスがはめ込まれており、時々刻々と移り変わる光が美しい風景を演出していたという。窓の開閉の技巧も日本人らしい細やかな仕組みが取り入れられている。窓を開けると見える建物の裏側はレンガがそのままむき出しになっており、タイルを張った正面とのコントラストを引き出している。
 この建物は日本人が建てたということで何度も取り壊しの危機に陥ったという。窓の下に取り付けられた装飾が日本国政府の紋である桐の紋と似ているという疑惑に掛けられたこともあった。しかし、文化財を愛する人たちの手によって残され、現在は展示館として大田の歴史を今に伝えている。
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 1932年の道庁完成当時の市長官舎であった建物も残っている。現在は「アンドル」という名のカフェになっているが、その前は、雑草が生え、ゴミ捨て場のようになった空き家だった。庭の木に惚れ込んだ今の主人が苦労してカフェに改装し、当時の雰囲気を残しつつも快適な空間を作り出している。日本家屋らしく押し入れや床の間だっただろうと推測できる部分もあり、素朴ながら興味深いカフェとなっている。
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 このカフェの周辺も興味深い散策コースだ。昔ながらの住宅や商店が残っており、地域再生プロジェクトとして若い芸術家が掛けた看板や壁画も楽しい。
 

80年前の鉄道官舎が見せる懐かしい風景

 鉄道によって発展した都市だけに、当時の鉄道施設も多く残っている。駅前の駐車場には鉄道補給倉庫として使われた木造の倉庫が残っているが、1956年、解放後に建てられたものであるにもかかわらず、日本でよく使われる下見張りの壁であるのが興味深い。この倉庫は文化財として登録されており、若いミュージシャンのライブなどの文化行事が行われている。
 大田駅の東側の蘇堤(ソジェ)洞と呼ばれる地域は、日本統治時代に建てられた鉄道官舎が残っている。宅地開発のために小さな湖を埋め立てた土地に、鉄道労働者のための数十軒の家が建てられ、そのうち40軒あまりが残っている。日本の昔の住宅を思わせる構造となっており、ここを歩くだけで80年前にタイムスリップしたような感覚だ。人の背丈ほどの塀の中に平屋の家があり、ある家は建てられた当時のそのままの姿で、ある家は部分的に、あるいは大幅に改築しされているが、2軒の家が家と家の間の壁を中心に左右対称になった構造だけはそのまま残っている。家々の屋根や木でできた昔の電柱、どこの家にも植えられている大きな木を眺めながら、細い路地を散歩するとさまざまな発見があって楽しい。我が物顔で通り抜ける猫や、路地で涼むおばあさんの姿、塀の上から顔を出すバラの花など、大田の中でもここでしか出会えない風景が多くの写真家たちをひきつけているという。
 鉄道官舎のうち、42号という番号のついた官舎は、蘇堤洞写真館という名前で文化空間として使われている。住宅としての姿をそのまま残しながら写真展やコンサートなどの、地域と連携した文化活動の拠点となっている。外には古びたソファが置かれ、地域住民の憩いの場となっていた。
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レトロな雰囲気の講堂や異国情緒感じる壁画も

 大興(テフン)洞にある大田女子中学にも魅力的な建築物が残っている。この中学の講堂は1937年に建てられ、かまぼこ型の両脇が上がった形の屋根が特徴的なレンガ造りの建物だ。角も凹凸をつけてレンガを積み上げており、屋根の下の装飾も壁に美しいアクセントを与えている。この建物が印象的なため、これに合わせて校舎も同じ形の屋根を載せている。
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 この中学校の向かいには高い塔を持つ大興洞聖堂がそびえており、目を引く。建物自体も特徴的だが、特筆すべきは教会の中の巨大な壁画だ。礼拝堂の両側の白い壁に、右側にはイエスの姿、左側には使徒のペテロとパウロの姿が描かれているが、色使いもタッチも独特で、異国的な雰囲気を醸し出している。この壁画はフランス人宣教師のアンドレ・ブートンが描いたもので、もとは8枚あったが、あまりにも強烈な色彩とタッチが問題となり、2枚を残してブートン宣教師自ら消してしまった。この牧師はこの壁画を描きながら精神的な病を患い、故国に帰ったのだという。そのような狂気が独特な絵を完成させたのだろうか。
 また、この教会の前にある大田市立美術館創作センターも見逃せない。1958年、国立農産物品質管理院として建てられた建物だが、モダンな形が目を引く。突出した四角い窓枠がアクセントとなっており、窓に長い板が何枚も取り付けられた形のブラインドが独特な表情を与えている。市が運営する創作センターとして使われており、インベーダーのイラストなどの装飾に遊び心が感じられる。
 大田駅から近い繁華街にも文化財として登録された建物がある。1937年、朝鮮殖産銀行として建てられた新古典主義的な建物で、いたるところに美しい装飾が施されている。現在はメガネ店として使われており、垂れ幕に覆われているのが残念だが、その間から多くの装飾が顔を出している。
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 この他にも異国的情緒を見せる赤いとんがり屋根の家や、アメリカの宣教師が生活していた梧井(オジョン)洞の宣教師村など、多くの文化財がある。めまぐるしい速度で変わっていく韓国の都市の中にも、古きよきものを愛する人たちの手によって残されてきた宝石たちだ。そんな宝物を探す旅に出てみるのはいかがだろうか。
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