漢陽を守った4つの山を歩く
「漢陽城郭ツアー」
朝鮮王朝の首都だった漢陽(ハニャン)は四大門と、その周辺を囲む4つの山に積み上げられた城郭により守られていた。今でも夜になると漢陽と呼ばれたソウルの中心部の城郭がライトアップされ、美しい夜景を見ることができるが、ただ遠くから見るだけでなく、実際に城郭に沿って歩く「漢陽城郭ツアー」に人気が集まっている。目まぐるしく変化する都市「ソウル」ではなく、ゆっくりと歴史の流れを感じながら楽しむ「ソウル」の違った一面を探しに出かけるツアーへと出かけてみよう。
文/大成直子記者
地方まで行かずに楽しめる都心ヒーリングツアー
ソウル城郭道に対して、人々の関心が高まっている 。それは、最近のウォーキング人気と共に、このソウル城郭がユネスコ世界文化遺産の潜在項目に上がりながら、ニュースで取り上げられたこともその理由だが、ここを訪れた人たちの口コミによるものが大きい。韓国で最も急速に開発された都心の真ん中に、秘密の庭のような森の道や渓谷を発見する目新しさを感じることと共に、城郭に沿って登る4つの山はそれほど険しくなく、歩きやすいことに気がついたからだ。高さ300メートルの北岳山と仁王山、高さ200メートルの南山、高さ100メートルの駱山と、ソウル中心部を囲む四つの山があまり高くなく、登るのに負担が少ない。もちろん、急な城郭の階段道があるものの、ソウル外郭にある北漢山や冠岳山の登山に比べると全体的にソウル城郭通路は、登山というよりトレッキングに近いといえ、運動靴さえ履けば、家族やカップルで楽しむのに十分だ。
次に、挙げられる魅力は、城郭に沿って歩くと目の前に広がるソウル市街の景色だ。城郭に沿ってゆっくりと歩いていけば、たった100メートル登っただけでも、ソウル中心部が見渡せ、南山の200メートルを登るだけでも、漢江までも見渡せる。また、北岳山と仁王山の頂上である300メートルまで登ると、漢陽城郭がある内四山(北岳山、仁王山、南山、駱山)の外側にある、ソウルを取り囲む四つの山、北に北漢山、南に冠岳山、東に峨嵯山、西に徳陽山まで見ることができ、ソウルの都心と共に、それを包み込むような自然の風景を楽しめる。
また、北岳山を除く仁王山と南山、駱山の城郭区間では夜の散策も楽しめる。歴史の風情が感じられる城郭をほのかな光が照らし出し、城郭の向こうにはソウルの華やかな夜景が広がる。
このようなソウルの自然を感じるだけでなく、最大の魅力は、城郭に沿って歩きながら歴史的な都市ソウルを全体的に眺め、その歳月と歴史、その中に重々積み上げられてきたストーリーと出会える点だ。まだ知らなかったソウルの価値を発見しながら、華やかな大都市ソウルとは違う、歴史深いソウルと出会える時間を持つ楽しさは格別だ。
さらに、これまで開放されていなかった大統領府近くの北岳山城郭道も開放され、仁王山城郭道も復元されたことにより、城郭全体の半分が整備されたことや、城郭の四大門の正門に当たる南大門(崇礼門)も復元されたことから、訪問して回ってみる楽しみがより高まったといえる。
城郭トレッキングの前にその歴史を知ってみる
城郭に向かう前に、まず四大門や歴史について少し知ってみよう。朝鮮の開国と共に高麗の第2の首都だった南京に遷都し、今のソウル都心を首都として定義しながら、鄭道伝(朝鮮王朝を設計した人物)は、この首都を徹底した儒教的原理に従った計画都市に建設した。まず初めに行ったのが宗教施設を作ることだった。仏教国家だった高麗とは全く違う儒教国家「朝鮮」を建国しながら儒教の宗教施設である宗廟と社稷を作った。宗廟は先王の位牌を祀る所であり、社稷は豊作を願って土と穀物の神に祭礼を奉げる所だ。
宗教施設を建てた後に政治空間である景福宮を作り、この景福宮を造りながら、軍事防衛施設である城郭を街を囲む4つの山に沿って造り、その後経済施設として市場を形成した。
造られた当時の城郭の長さは18キロ。このうち何と12キロが現在も残っている。城郭が昔の都心を囲む四つの山の尾根に沿って造られたことから、ソウルの無分別な開発の中でも、山にある城郭はそのまま保存することができたのだ。
城郭の高さが10メートルを超えたため、城門がなければ人も物資も漢陽に出入りすることができなかった。そこで造られたのが4つの大門と4つの小門だ。4つの山の下にある大門と、城郭の真ん中にある鐘楼を、儒教の核心価値である五常、すなわち、仁・義・禮・智・信を使って命名した。南山の下の南大門を「崇礼門」、仁王山の西大門を「敦義門」、北岳山の門を「肅靖門」、駱山の下の東大門を「興仁之門」および城郭の真ん中にある「普信閣」。漢陽の民たちが城郭に出入りするたびに、儒教理念を体得できるようにするために造ったものだ。現在、崇礼門と興仁之門、肅靖門が残されているが、西大門となる敦義門は、日本統治時代に破壊されて以来空席のままだ。
そして、四大門の間に小門を置いたが、それが四小門だ。現在、北小門である彰義門、南小門の光熙門が以前の姿のまま残っており(ただし光熙門は、1975年にその位置を少し南に移動)、恵化門は20年前に元の位置から少し西斜めに復元された。西小門である昭義門だけが撤去されたまま空席だ。そのため、現在は西大門と西小門がない。
この城郭を山の上の石城、平地の土城として最初に積み出したのは朝鮮を開国した太祖・李成桂だ。そして次に、城郭を石城へと全面的に改装した人が朝鮮の国家体制を全面整備した世宗。そして次に、城を正方形の石でまっすぐで丈夫に修正して積んだ人物は粛宗。そして、統治時代以降の開発により破壊された城郭復元にかかったのが伝統的な文化財修復の旗を高く掲げた朴正煕元大統領だ。
このように大きく4回にかけて城郭が作られ、現在に至った。城郭に沿って歩くと時期ごとに異なって積まれた城郭の姿が歳月の年輪のように見ることができるが、これは城郭を歩く上で重要なポイントとなる。そして、土城を積む際、区間ごとに責任者と監督者を置いて作業にかかったが、地域の名前と責任者の名前を城に刻むことにより、補修まで責任を取る、いわゆる工事実名制方式にて工事が進められた。
今も地域名と責任者を城石に刻んだ文字である「郭字」が城郭のあちこちに残っているので、これを探し出す楽しみもある。
4つのコース、4つの楽しみ
北岳山城郭道は、ソウル城郭道の中で市民から最も愛される区間だといえる。山頂からソウル全景をひと目で見ることができ、城郭の原形がよく保存されており、城郭道に沿って歩いているという感覚を最も感じられるためだ。ここは1968年の青瓦台(大統領官邸)の北朝鮮ゲリラによる襲撃未遂事件である1.21事件以降、約40年間一般人の出入りが禁止されていた区間だったが、2007年4月に全面的に開放されてから、ソウルの宝物だといわれる場所だ。人々が訪れる機会が少なかったことから、自然がそのまま保護されており、鹿の姿も見かけることもある。
そして臥龍公園近隣を歩いてみると、韓国の70、80年代を連想させる小さな家が並び、あたかも時間が止まったような感じがする所だ。臥龍公園から山道を上がると木でできた階段が出てくるが、そのままずっと登っていくと、北岳山マルバウィ(馬岩)休憩所が現れる。ここで、出入り申込書を書き、身分証明となるパスポートなどを提出することで、これから先のコースに入ることができる。ここは軍事保護地域のため、写真撮影の場所も制限されている。また、3時までしか入山ができないことも覚えておこう。
マルバウィ休憩所から5分程度歩けばソウル城郭の北門である粛靖門が見えてくる。韓国ドラマ「食客」に登場した美しい韓屋、三青閣(サンチョンガク)や、韓国高級住宅街である城北洞(ソンブクトン)が見下ろせる展望は、このコースに欠かせない白眉といえる。探訪客入場時間は、11~2月は午前10時~午後3時、3~10月は午前9時~午後3時(必ず身元証明となるものを持参)。
家族と共に楽しむなら駱山コースをお勧めしたい。駱山城郭道には清渓川と駱山公園、東大門歴史文化公園など、市民たちと親しみが深い名所が多いことが特徴だ。賑やかな都心と閑静な公園がかわるがわる現れ、長時間歩くことが退屈になりやすい子供たちにも負担がないコースだ。
駱山は山の姿がラクダに似ていることから駱駝山とも呼ばれた。城郭内にある4つの山で最も低く、なだらかに散歩道が続くため、小さな子供でも歩きやすい。また、田舎に来たような情緒が残った風景にも出会える。体力が少し残っているのなら、東大門市場のヤミ市や、清渓川も見ていきたい。
南山城郭道のハイライトはやはり南山だ。ソウルの象徴となっている南山は、ソウル市民はもちろん、韓国を訪問する多くの観光客が一度は訪れる場所。南山の頂上にあるNタワーに上がれば、天気がよい日にはソウルの全景はもちろん、遠く仁川までも見ることができる。カフェやレストランなどの各種便宜施設も整っており、デートする恋人たちの訪問が絶えない。美しいソウルの夜景を背景に愛を告白してみるのもよいだろう。
仁王山城郭道は社稷トンネルから出発し、城郭に沿って階段を登り、頂上を通って付岩洞から山を下りるコース。頂上からは、景福宮を中心に、仁王山、駱山、南山、北岳山を見渡すことができる雄大なコースだ。
このようなソウル城郭の魅力を知ってもらおうと、鍾路区が鍾路漢陽城郭の教育を受けた専門解説士によるツアーを実施している。出発4日前までに鍾路区庁観光広報課まで電話02‐2148‐1864で申請すれば、日本語による説明を聞きながらのツアーが楽しめる。