智異山の麓、儒教と山参の里、慶尚南道・咸陽郡
韓国の南に、韓国で最初の国立公園がある。慶尚南道、全羅南道、全羅北道の3ヵ道にまたがる智異山を中心とした智異山国立公園だ。北漢山の5倍という広大な面積を誇る智異山は、その面積や峰の数などの数字だけでは表せない様々な奥深さを持つ山だ。そんな智異山の一部を占める慶尚南道の咸陽郡は、智異山ほどに深く多彩なコンテンツを持っている。山深い咸陽郡の魅力について紹介しよう。
文/町野山宏記者
「左安東、右咸陽」という言葉がある。多くの儒学者を輩出した地域として有名なのが、安東(アンドン)と咸陽(ハミャン)だということだが、儒学者にまつわる故宅や楼閣などが多い。中でも、朝鮮時代、慶尚南道から科挙を受けるために上京する人たちが通ったという花林洞渓谷(ファリムドンケゴク)は「八潭八亭」と呼ばれ、いくつもの楼閣が建てられており、美しい景観と共に、それぞれの意味深い逸話が伝わっている。
弄月亭(ノンウォルジョン)は、渓谷に沿って平らな岩がいくつも重なる絶景に建てられていた。朝鮮王・宣祖(1567~1608)の時代に政府の役人を務めた朴明傅(パク・ミョンブ)が官職を引退してから故郷に帰って建てたもので、その後にも数度にわたって増築された。残念ながら2003年に火災によって焼失し、復元のための努力にもかかわらず、まだ復元はなされていない。
それでも深い渓谷が岩の間を流れる姿は昔と変わらずに美しい。水に映った月を眺めながら風流を愉しみ、国を思って後学を育成した昔のソンビ(学者)たちの姿が思い浮かぶようだ。
弄月亭から上流に少し上がったところにある東湖亭(トンホジョン)は、遮日巖(チャイルアム)という大きな岩と渓谷の流れを眺める位置に建てられた2階建ての楼閣だ。文禄慶長の役の時、宣祖を負ぶって義州に避難したという章萬里(チャン・マンリ)を記念して、彼の子孫が1890年に建てたもの。巨大な遮日巖から東湖亭を眺めても、楼閣から岩を眺めての絶景だ。太い松の木を製材せずにそのまま使った柱や空に向かって弧を描く軒など、山と松の林と渓谷と調和して、一幅の絵のような風景とはこの場所のためにある言葉のように感じる。
さらに上流にある居然亭(コヨンジョン)は、渓谷を見下ろす形で岩の上に建てられた楼閣。東湖亭のように丹青が施されていないため、素朴な感じは与えるものの、周囲の景観に調和して絶景を形づくる。同知中樞府事を務めた全時敍(チョン・シソ)が西山書院を建てた時に、今の居然亭の位置にわらぶき屋根の楼閣を建てたのが始まりだった。朝鮮末期の書院撤廃令によって西山書院はなくなったが、その材木を使って建てたのが居然亭だ。居然亭という名には「私が自然に居し、自然が私に居する」という意味が込められており、自然と私が一つとなる境地を感じられるところだといえよう。
ここに紹介した楼閣のほかにも花林洞渓谷沿いには5つの楼閣が建てられている。一つひとつが特徴を持っており、ソンビの故郷としての真髄を感じることができるだろう。
ソンビ文化の精髄を感じる介坪村・一蠹古宅
「ソンビの故郷」の真髄を感じるのは亭子だけではない。ソンビたちが実際に生活していた韓屋がいくつも残っており、今でも住民が韓屋で暮らしているところが介坪(ケピョン)村だ。
その介坪村でも最もよく知られているのが、鄭汝昌(チョン・ヨチャン)のために建てられた一蠹(イルドゥ)故宅だ。一蠹・鄭汝昌は、朝鮮時代の「五賢」の一人で、地位を得るための学問ではなく、実践のための学問を主張し、「知行一致」を自ら行った儒学者だ。この故宅の名称ともなっている「一蠹」という号は、「一匹の虫」という意味で、謙譲の意味からつけた号だといわれている。
一蠹古宅の前には一蠹広報館があり、鄭汝昌の生涯や思想について話を聞いてから一蠹故宅を訪ねるのがよいだろう。故宅の美しさだけでなく、その家に込められた意味や、そこに住んでいた人たちについて知ると見方がまったく違ってくる。
一蠹古宅に向かう石畳の道の両側には石積みの塀が立っており、韓屋村らしい雰囲気をかもし出している。故宅の前には瓦屋根の門があり、その中に赤く塗られた門が目に入る。門の上には漢文が書かれた板が5枚掲げられており、これはこの家門から出た孝子と忠臣に対して国から与えられたもの。国から表彰される孝子や忠臣は家門から一人出るのも栄誉なことである中で、一つの家門から5人も出たということからも、どれだけ立派な家門であったかが分かる。
門をくぐると右側に一蠹古宅のサランチェ(客間。男性が主に使用)がその威容を見せている。L字型になっており、短辺のほうは「楼マル」と呼ばれる高床式の部屋になっている。石を重ねた基壇もそうとう高いのに、他の部屋よりさらに高くなっている楼マルはどれだけ見晴らしがよいだろうか。それだけでなく、楼マルの前には、岩山の上に立派な松の木が立っている。この景色を眺められるならば、他に行く必要はないだろうと思えるほどだ。このような古宅を独り占めしてみたい人には、少し値は張るが宿泊することをお勧めする。一つの建物全体を借り切って宿泊することができるため、ソンビの生活を味わってみよう。
サランチェの裏には女性たちが起居するアンチェがある。サランチェが接客と風流を楽しむための空間であるのに対し、アンチェは生活のための空間らしく、実用的な造りとなっている。ある意味、おばあちゃんの家に来たような気楽な雰囲気が感じられる空間だ。
サランチェの隣、昔、使用人たちが使っていた建物は「古宅の香り」という小さなカフェになっている。五味子茶やごぼう茶、梅茶などの伝統茶が飲めるだけでなく、鄭汝昌の18代子孫がつくる惣菜を販売している。いわゆる「宗家」の味が伝わっており、自分の畑で育てた安心して食べられる野菜を使ってつくっているため、お土産にも最適だ。
一蠹故宅を訪ねたら、その向かいにある「ソルソンジュ文化館」も入ってみよう。ここは韓国農林畜産食品部が指定した「韓国食品名人」の一人、パク・ホンソンさんがつくる伝統酒「ソルソンジュ」の広報館だ。ソルソンジュを実際に試飲して購入もできる。ソルソンジュは、松の芽と松の葉を入れて発酵させており、口に含むとふわりと松の香りが広がる。13度のソルソンジュのほか、40度の蒸留酒もあり、こちらも人気だ。
智異山の恵みを体験咸陽山参祭り
咸陽の特産品といえば、智異山の懐で育った農産物や山菜、薬草などが有名だが、その中でも最もよく知られているのは山参。普通の高麗人参とは違い、山の中で育ったもので、成長が遅い分、非常にたくさんの栄養を含んでいる。20年根で17~50万円、50年根になると60~200万円にもなり、100年を越えるものも売買されているという。そして咸陽が山参の産地となっているのは、智異山と徳裕山の土壌に含まれるゲルマニウムのために、優れた山参が育つためだという。
そんな山参の産地で毎年9月に開かれるのが、咸陽山参祭り(http://www.sansamfestival.com/)だ。今年2019年は9月6日から15日まで開催される予定となっている。9世紀、新羅の眞聖女王の時代に造成された「上林公園」が会場となって行なわれる。
祭りのプログラムは多様だが、やはり一度体験してみたいのは山参を採る体験だ。山で育てた高麗人参を山養参というが、山養参農家の畑で山養参を収穫するプログラムがお勧めだ。高価な商品のため、現場で教育を受けた後に収穫の体験をする。また家族連れにお勧めのプログラムとしては「シムマニと行く夜の遠足」がある。「シムマニ」とは、天然の山参を探す人たちのことをいう。この夜の遠足ではインディアンテントで森の中でキャンプしながらさまざまな体験ができる。この他にも「黄金山参を探せ」、「ヒーリング林体験」、スタンプラリーなど、多彩なプログラムが準備されている。
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