百済千五百年の歴史を辿る ‐ 忠清南道

2015年07月07日


百済千五百年の歴史を辿る

忠清南道

 


 

 あなたは忠清南道に行ったことがあるだろうか? 韓国の地方観光の中でも慶州や全州などに隠れてあまり知られていないのが事実だが、扶余や公州の百済の遺跡をはじめ、1500年の歴史が刻まれている地方としてよく知られている。それだけではなく、韓国最古の寺や最古の伝統酒など、知らずに通り過ぎるには惜しい見所が満載だ。百済の香りを今に伝える蓮の花が咲き始めた6月、忠清南道を訪れて、その魅力を体験した。

文/町野山宏記者

 

忠清南道を訪れるテーマの一つは、歴史の浪漫だ。西暦346年に建国され、日本との交流も多かった百済の都であった扶餘、公州をはじめ、百済の歴史遺産が少なからず残っている。

ソウルから約2時間、忠南・禮山(イェサン)郡へ入ると、最初の訪問地である修徳寺の案内板が目に付き始める。車は山の中へどんどん入っていく。霧の立ち込める深い山の中の駐車場に車をとめて、修徳寺へは歩いて登らなければならない。地方の特産物の店や食堂が立ち並ぶ道を抜け、寺の門をくぐると静かな寺の聖域。風の音と鳥の声しか聞こえない。

修徳寺は德崇山(トクスンサン)の中腹に30を越える建物が散在している大きな寺だ。創設年代ははっきりしていないが、学界では百済時代の威徳王(554~597)の在位期に創建されたものとされている。文献に残る百済時代の12の寺のうちで唯一現存する寺として歴史的価値も高い。

一柱門を通り、さらに2つの門を通って、聖宝博物館となっている黃河精樓(ファンハジョンル)をくぐって階段を登ると、やっと広い境内に出る。苦労して登ってきただけに感慨はひとしおだ。

正面にある金剛宝塔と三層石塔の向こうに、有名な大雄殿が見える。山道で出会う人は少ないが、境内には僧侶や熱心に祈る参拝客が多く見られる。信仰心によって真心込めて建てられた建物がいくつもあるが、その中でも目を引くのは三層石塔と大雄殿だ。三層石塔は新羅時代の文武王5年(665年)に立てられたものとされているが、様式から高麗時代のものという説もある。屋根の一部が大きく破損しているが、数百年の歳月を耐えてきた重みが感じられる。

その後ろに立つ大雄殿は、高麗時代である1308年に建てられたものと推測されている、現存する韓国最古の木造建築であり、国宝49号に指定されている。そのような歴史を持っているだけに、他の寺には見られない風格を見せている。高麗時代の様式を見せるもので、切妻屋根になっているのが特徴だ。韓国の伝統建築の軒が緩やかなカーブを描いているのとは違い、直線のストイックな印象を与える。それでも側面の柱の上の装飾は優雅な美しさを見せている。

大雄殿の中では僧侶の読経の声が響き、参拝客が祈りを捧げている。極彩色の仏画や黄色の仏像も目を引くが、大雄殿の構造自体も特徴のあるものだ。天井がないため、屋根を支える木材である垂木(たるき)が露出しているのも特徴の一つだ。梁には金龍図が描かれており、色あせてはいるものの、華やかな装飾が施された当時の様子が目に浮かぶようだ。

修徳寺

美しい大雄殿を眺めていたい気持ちにもなるが、修徳寺にはもう一つ見ておきたい場所がある。大雄殿の左脇にある観音岩(バウィ)だ。観音菩薩像が前に立っている大きな岩だが、ここには修徳寺の創建にまつわる説話が伝えられている。

百済時代に創建され、統一新羅の時代に至って老朽化していた寺を修理する必要があったが、資金が集まらなかったところ、一人の美しい娘が現れて「助けたい」と申し出た。あまりの美しさから「修徳カクシ」と呼ばれた娘を一目見ようと毎日多くの男たちが訪れたが、定慧(チョンヘ)という大富豪の息子がその娘に結婚を申し込んだ。寺の再建を成し遂げたら結婚を承諾するという娘の言葉に、定慧は財産をつぎ込んで、10年かかるといわれた再建事業を3年で成し遂げる。落成式の日、定慧は娘に「二人でここを出よう」と告げる。娘は「着替える時間をください」と隣の部屋に行くが、なかなか戻ってこない。いぶかしげに思った定慧が隣の部屋に入ると、娘は逃げようとする。定慧が娘を捕まえようとしたとたん、横にあった岩が裂けて娘は岩の中へ消え、そこには娘の足袋だけが残されていたという。それからというもの、毎年春になると足袋の形をした白い花が咲くようになった。実はその娘は観音菩薩の化身だったといわれ、「修徳カクシ」の名前からこの寺が「修徳寺」と呼ばれるようになったという。娘が消えた岩の前で祈ればどんな願いでもかなえられるといううわさから、全国各地から多くの人たちが訪れる。

修徳寺の入口は、近代画家として有名な李応魯(イ・ウンノ)画家が滞在した「修徳旅館」があった場所として知られており、修徳旅館を復元したわらぶき屋根の家が建てられている。また最近、禅美術館もオープンし、見所はさらに増えた。

禮山郡でもう一ヵ所訪ねてみたいのが甕器村(オンギマウル)だ。冷蔵庫がなかった昔、キムチや味噌などの保存は甕器に入れて土の中に埋めるのが一番だった。今でもおいしい食堂では必ずこの甕器を使っているといっても過言ではない。そんな甕器を製作する村がいくつかあるが、ここ禮山でも160年前から伝統窯を利用した甕器づくりが行われている。甕器村の「伝統禮山甕器」では、韓国甕器工芸部分名匠であるファン・チュンンギル名匠が今でも伝統的な方法で甕器を焼いている。

甕器マウル

 ここでは、大きな展示スペースで甕器を見ながら購入もでき、工場で甕器をつくる姿を見学することもできる。基本的な形は機械で整形するが、形を整えて釉薬を塗り、焼く作業はすべて手で行われる。一人の陶工がつくる窯器は一日に5個。どれだけ丹精込めてつくられているかが分かるだろう。

普通、甕器職人たちはいい土を探して渡り歩き、土がなくなると他の土地へ移動するが、禮山は山に囲まれてよい土が豊富だったため、ここに定着したのだというのが、「伝統禮山甕器」の4代目、ファン・ジニョンさんの説明だ。昔はもっとたくさんの店があったが、今では「伝統禮山甕器」1店だけになってしまったという。しかし、甕器を作る体験を行ったり、田舎の風景をゆっくり楽しめる公園をつくるなど、新しい試みをしながら伝統甕器を残す努力を傾けている。

 

韓山モシの美しさを堪能し、素麹酒の味と香りに酔う

禮山から、マッド祝祭で有名な保寧(ポリョン)市を過ぎ、舒川(ソチョン)郡へと向かう。韓国の西海岸に面する代表的な港・長項(チャンハン)港があり、日本統治時代にはたくさんの米が日本に送られた所、百済の中心から流れる錦江(クムガン)が海に注ぐ河口に面した渡り鳥の飛来地など、興味深い要素が満載だが、最も有名なのが、「モシ」の産地としての姿だ。

「モシ」とは夏の衣服の素材として昔から使われている麻布の一種で、王への献上品となっていたこともあるほどの高級品。白く優雅で、トンボの羽のように軽いといわれ、着るだけで涼しい伝統工芸品だ。韓国でモシといえば「韓山モシ」の名前が出てくるほど、舒川郡韓山(ハンサン)面のモシは有名だ。ソウルでも仁寺洞などでモシの服やポジャギなどが売られているが、今ではほとんどが安い中国産で、韓国国内で伝統的方法で作られているのはここ、韓山しかない。

韓山モシが有名なのは、海から吹いてくる風と豊かな土壌を持つこの地域がモシの材料となる苧(からむし)にとって最適であるためだ。柔らかいながらも強い糸をつくるには、まず最高級の材料が必要なのだ。

しかし、材料がよいからといってよいものができるわけではない。モシを織る工程は時間と手間がかかることで知られている。まず、材料となる苧の外皮を取り除いたものを水につけては天日で乾かす作業を繰り返す。この作業を繰り返すほど質のよいモシがつくられるという。これを次は細く裂くのだが、最大限細くするために前歯で裂く。これは唇と舌から血が出るほどにたいへんな作業で、韓山モシを作る職人の女性たちは30~50年間つくってきたため、唇にたこができているという。できた糸を機織りにかけて、豆でつくった糊を塗るが、これは滑らかで強い糸をつくるためだ。糊を乾かすために火を燃やして部屋を温めて行うが、この温度調節も長い経験が必要な難しい作業で、この作業だけでも半日はかかるという。糊を塗ったらいよいよ織る作業だ。これも乾燥すると糸が切れやすくなるため、湿度を維持するために夏でも部屋を閉め切って作業しなければならない。一より一より丁寧に織っていくため、慣れた人でも1反織り上げるのに1週間はかかるという。

このように、機械の手を一切借りず、人の手で丹精込めてつくられた韓山モシは、韓国の国内でも最高級品として尊ばれている。このような価値が認められて、ユネスコ人類無形遺産に登録された。

韓山モシについて詳しく知りたい人にお勧めしたいのが、舒川韓山モシ館。韓山モシの由来から織っていく過程など、さまざまな展示がなされているが、何よりもここを訪れるべき理由は、無形文化財に指定された職人が、韓山モシを織る姿を実際に見学できることだ。職人が織った韓山モシをその場で購入することもできる。

韓山モシ館

 

もう一つ、舒川郡を訪ねたら忘れてはならないのが、素穀(ソゴク)酒だ。素穀酒の歴史は百済の時代にまでさかのぼる。百済が滅亡し、流民が白装束(素服)でこの酒を醸したことから素穀酒と名づけられたといわれる。1500年間、韓山地域の家々でつくられ続けてきた伝統酒で、今でも舒川郡には45の素穀酒の醸造所がそれぞれの味を受け継いでいる。

素麹酒 もち米と麹を主原料とし、野菊、味噌豆、生姜、赤唐辛子など様々な奥深い材料を100日間調和させて造るため、甘い香りと独特のコクが出る。韓山素麹酒の特徴は、発酵過程で材料の糖分が消失する他の酒とは異なり、完成すると、さらにほのかな甘みがつくこと。よく酒を造る時に甘みを出すために使う人工甘味料を一切入れないにもかかわらず、気品のある濃い甘みがするのが百済の嫁たちによって語り継がれてきた韓山素麹酒の魅力だ。その口当たりのよさのため、ついつい「もう一杯だけ」と飲んでいるうちにいつの間にか立てなくなってしまうということから、足の不自由な人を指していう「アンジュンベンイ」という言葉を使って「アンジュンベンイの酒」の別名で呼ばれている。

素麹酒を味わうには、韓山面を実際に訪ねることをお勧めしたい。道路に沿って素麹酒を販売する店が並んでいるため、店で味見をして、気に入った素麹酒をその場で買えばいいが、せっかく素麹酒の本場を訪ねたら、醸造所で醸造過程を見学したり、代々その味を受け継いできた嫁たちに話を聞くのもいいだろう。醸造所によっては実際に素麹酒をつくる体験をすることもできる。

45ヵ所にも及ぶ素麹酒の醸造所があり、それぞれの秘法によってその家ならではの味を誇っているが、代表的な醸造所を紹介しよう。

まず、もっとも歴史が古くて有名なのが、韓国政府農林畜産食品部が推薦する「韓国食品名人」の19号にも指定されているウ・フィヨルおばあさんの素麹酒だ。韓山面の他の醸造所もほとんどがこのおばあさんから素麹酒の製造法を伝受している。味は比較的甘みが強いのが特徴だ。(電話:041-951-0290)

すっきりした後味を好む人には「名品素麹酒」をお勧めしたい。主材料の米はもちろん、ほとんどの材料を自ら作っており、人工のものは一切使わないこだわりを持っており、ほどよい甘さのすっきりとした味わいが人気だ。韓山の名産品であるモシを入れたモシ素麹酒や、蒸留過程を経た「火酒」などのレパートリーもある。(電話:041-951-3252)

もう一つ、お勧めなのが、「自香(チャヒャン)素麹酒」。伝統的な製造方法に固執しながらも、松の葉や菊、モシなどを入れて香りを出している。口に含んだ途端、独特でありながらも素麹酒自体の香りや味によく調和した香りが立ち込める。思わず3種類すべてを味見したくなる。(電話:041-952-5993)

他の店も、それぞれが自信を持ってお勧めできる味なので、百聞は一味にしかず。ぜひ飲み歩いてみてほしい。

 

ドラマのセットと宮南池で百済の香りに浸る

百済の歴史を訪ねる旅で欠かせないのが、扶餘(プヨ)郡だ。538年、遷都してから660年に滅亡するまで、百済の泗沘(サビ)時代の舞台となった泗沘の地は、ここ扶餘なのだ。百済の滅亡に関する悲しい物語の舞台となった遺跡も多いが、華やかなりし頃の百済を彷彿とさせる見所を訪ねてみよう。

百済の遺跡で残っているものは多くはない。それは新羅によって滅ぼされてしまったためだ。そのため、百済の都の姿を見るには、ドラマのセットを訪ねるのが一番だ。扶餘郡には、2005年に放映されたSBSのドラマ「薯童謠(ソドンヨ)」のセットであり、その後も数多くのドラマのセットとして使われてきた「薯童謠テーマパーク」がある。最近ではイ・ジュンギ主演の「朝鮮銃使い」がここで撮影された。

広い貯水池に面した1万坪に及ぶ園内には、百済の王宮や王宮を取り巻く町の様子が再現されている。ドラマのセットというと、表面だけをそれらしくつくったものだったりすることも多いが、ここではまさに本物のようによくつくられているため、百済の町並みを歩いていような錯覚にさせられる。精巧に作られた王宮はもちろん、貴族の家や町の食堂・店などが、売り物などの小道具と共に置かれている。また、百済の伝統衣装を着て記念撮影もできるため、百済の王と王妃、あるいはドラマの主人公になった気分を味わえる。

百済の歴史を訪ねる旅で外すことができない所が扶余の宮南池(クンナムチ)だ。宮南池には、薯童(ソドン)と善花(ソナ)姫の愛の物語が伝えられている。百済の王子である薯童の青年時代、隣接する新羅の眞平(チンピョン)王の三女である善花姫が美しいという噂を聞いて慕っていた末に、新羅へと旅立つ。新羅の都の子供たちに、自分が作った「薯童謠」という歌を教えて歌わせるが、その内容は、善花姫が毎夜こっそりと薯童の部屋を訪ねるというものだった。この歌が新羅の都城の中まで広がると、眞平王は王室に恥をかかせたという理由で、善花姫を流刑に処すが、薯童はその道で待ち伏せし、一緒に百済へと戻った。その後、彼は百済の武王(ムワン)となって善花は王妃になったという物語だ。後に武王となった薯童は宮南池の敷地に離宮を建て、水を引き込んで風流を楽しみながら、故郷である新羅を離れた善花姫の郷愁を慰めたと伝えられている。
この宮南池は韓国で最も古い人工池としても有名だ。池の趣もよいが、広大な敷地内にある宮南池には、 2万5千坪にもわたり蓮の花や野生花が植えられて四季折々の美しい表情を作り出し、誰もがその場を離れたくなくなるほど。

宮南池

 

西暦634年頃に築造されたもので、韓国の歴史書である「三国史記」には、「武王が宮城南に池を掘り、約20里にもおよぶ長い水路をつくって水を流し込んだ。池の周辺には柳を植え、池の中には島をつくった」と記録されており、宮南池の中にある抱龍亭(ポヨンジョン)という東屋を連結する木の橋が印象的だ。

毎年夏には、蓮の花祭りが開催されるが、今年は7月10日から19日まで開催される。蓮の花ファッションショー、レンコン料理、フォトコンテストなど様々な催しが開催されるため、華やかな催しと共に、赤や白、そしてピンク色の蓮により美しく色づく風景を楽しみに、ぜひこの時期に訪問したい。

 

自然と調和して生きる伝統の村「外岩民俗村」

忠清南道の北に位置し、温陽温泉などで知られる牙山市には、昔の村の様子をそのまま残した「外岩民俗村」がある。重要民俗文化財236号に指定されているこの村は、今から500年前、朝鮮時代の宣祖(ソンジョ)王の在位期から禮安李氏が定着し、禮安李氏の集姓村となった。その後、禮安李氏の子孫から多くの優秀な人材を輩出して両班村となった。外岩(ウェアム)という地名は、性理学の大学者である李柬(イガン)の号である巍岩(ウェアム)からとったもの。李柬が弟子たちを教育した家屋も残っている。

わらぶきや瓦葺の屋根の伝統家屋が数十棟立ち並び、家々の周りを土塀が囲んでいる。集落の周りには水田が広がっており、すぐ脇を流れる川から水を引き入れている。自然と調和して生活してきた姿が感じられるが、それはこの村が見せるためだけの村ではなく、今でもこの村に生活している人たちがいるためだろう。80世帯が農業を営みながら生活しており、土塀の向こうに村人の姿が見え隠れする。

この村を散策するだけでも充分楽しいが、韓国の田舎の伝統文化を体験するプログラムも準備されている。餅つきや伝統婚礼式、そしてさまざまな昔の音を体験するプログラムなどがあり、事前に予約すれば体験が可能だ。

外岩里民俗村

 

牙山市にあるのは伝統家屋村だけではない。近代的な雰囲気あふれる街もあり、新しい観光地として脚光を浴びているが、それが「地中海村」だ。ギリシャのサントリーニを思わせる白い壁と青い屋根の家が立ち並ぶ街で、おしゃれなカフェやレストラン、花屋、ファッションブランドなどが入店している。ショッピングを楽しむもよし、カフェでまったりするもよし、ここが韓国かと思わせる雰囲気が楽しめる。特に夜になると通りに備えられた照明がライトアップして美しい光景をつくりだす。週末にはストリートパフォーマンスが行われ、さらに楽しい雰囲気を盛り上げる。

生きた韓国を体験するのに市場ほど面白いところはない。さまざまな食材や雑貨、衣類、アクセサリーなどが所狭しと並び、たくさんの人が行きかう市場は韓国のエネルギーが集まっている場所だ。どこの町にも市場はあるが、忠清南道を訪ねたからには忠清地域最大の在来市場である南山中央市場に行ってみよう。1918年に開場し、ほぼ100年の間、地域の生活を支えてきた市場だ。近代的な巨大なアーケードがつくられており、雨の心配なくゆっくりとショッピングを楽しめるようになっているのがうれしい。向こうが見えないほどの巨大な市場で、在来市場としてはきれいに整備されてはいるものの、市場のエネルギッシュな雰囲気や人情はそのまま残っている。お土産を探すのもよし、B級グルメに舌鼓を打つもよし、少し買いすぎたと思っても財布の負担が少ないのも市場の魅力だ。

牙山

 

忠清南道を訪ねてみると、今まで情報が少なかっただけで、魅力たっぷりの観光地がたくさんある。まだまだ回りきれていないところも多い。世界遺産の登録を待っている百済の遺跡をはじめ、もう一度訪ねてみたくなる地域であることは間違いない。

Information

忠清南道の各地へはソウルの高速ターミナルか南部ターミナルから高速バスが運行しており、約3時間で到着する。今年4月2日には高速鉄道KTXの公州駅が開通し、ソウル龍山駅から1時間弱、仁川空港からも2時間弱で到着する。

http://tour.chungnam.net/html/jp/

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