韓国の古代史を追い、日本のルーツに出会う 大加耶古墳群

2014年06月13日

世界文化遺産暫定候補

慶尚北道高霊郡 大加耶古墳群

 
 韓国の古代史は謎が多い。文献として残る資料が少なく、残っている数少ない資料を頼りに研究していくしかないからだ。そのような中で、太古の歴史を証明してくれる遺跡が慶尚北道の南部にある。洛東江(ナクトンガン)をはさんで大邱市と隣り合う、高霊(コリョン)郡だ。今は田舎の農村だが、紀元前後から約500年の間、加耶(カヤ)という国が栄え、その反映の様子を古墳群が今に伝えている。それだけではない。加耶文明は日本の古代史とも密接な関係を持っており、ルーツを探して日本から多くの研究者が訪れる。歴史のロマンを追って、慶尚北道高霊郡を訪ねてみた。
文/町野山宏記者
 

多くの特徴を持った大加耶の文化を知る

 加耶とは、三国時代に高句麗、新羅、百済に属していなかった、現在の慶尚道一帯の小国家群を指す。その国家群の中でも「金官加耶(クムグァンカヤ)」と「大加耶(テガヤ)」は大きな勢力を持った国だった。紀元前後から発達した大加耶は、562年に新羅に取り込まれて滅亡するまで大きな勢力を誇り、現在、慶尚北道の高霊郡池山洞(チサンドン)に残る700基あまりに及ぶ古墳にその姿を見ることができる。この高霊の大加耶古墳群は、昨年、ユネスコ世界遺産の暫定リストに挙げられた。
 大邱からバスに揺られること30分、洛東江を渡ると高霊郡だ。高霊のバスターミナルで、高霊郡庁にお願いしておいた文化解説士と落ち合わせる。日本から高霊に移住して韓国人に帰化した文化解説士の窪田千草さんが丁寧に案内してくれた。大加耶が日本との関係が深かったように、高霊郡も日本との交流を盛んに行っており、日本語の案内も充実している。
 高霊のバスターミナルから車で数分のところに古墳群がある。主山(チュサン)と呼ばれる山の南東に伸びる稜線に沿って古墳が並んでおり、その古墳群に囲まれるように大加耶博物館がある。国道沿いにある博物館の駐車場に入ると、土を円形に盛った形の古墳がいくつも見える。まず、加耶の歴史と古墳について知っておくのがよいだろうと、大加耶博物館から見学することにした。大加耶博物館は、大加耶歴史館、大加耶王陵展示館、于勒博物館に分かれている。
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 大加耶歴史館は、池山洞古墳群から出土した遺物や文献などを通じて推測される加耶の様子を知ることができる博物館だ。韓国伝統家屋であるわらぶき屋根の形を模した2階建ての博物館で、2階は常設展示、1階は毎年展示内容が変わる企画展示室となっている。今年は「大加耶王陵の出現 ~池山洞73号墳~」という企画展が行われている。
 大加耶の王陵は西暦400年前後に造られ始めたものと推定されている。2007~8年にかけて発掘調査が行われた73号墳は、池山洞に造られた最初の王陵だといわれており、大加耶博物館ではこの王陵から出土したすべての遺物を保管している。博物館の中には王陵の内部の様子が再現されていた。土を掘っていくつかの部屋をつくり、王の遺体と副葬品が収められている。
 加耶における弔いの方法の最大の特徴は、殉葬にある。王を埋葬するのに、数人、多い場合は数十人の臣下が王と共に葬られた。百済や新羅、中国などでも殉葬の風習はあったが、後に禁止され、加耶は殉葬の風習が最も遅くまで残った国として知られている。また、中国などでは奴隷など、低い身分の者が殉葬されたが、加耶においては臣下をはじめ、さまざまな職能を持った人々、そして幼い者から老人まで、多様な層の人たちが殉葬されたという。これは、死後においても来世において生きるという加耶の来世観を示している。73号墳にも、少なくとも7人の殉葬者がいたことが確認されている。その殉葬者がいた穴からは金銅で作られた冠帽の装飾品が見つかっており、殉葬者だけではなく、王の力の大きさを物語っている。
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 副葬品からも様々な加耶の文化がうかがい知れる。まず、多くの土器が発掘された。王の棺室だけではなく、その隣にある棺室にも多くの土器とその中に穀物などが発見された。加耶の土器の特徴は器を載せる台に現れている。器を受ける半球形の部分の下に緩やかにすその広がった円錐形の脚がついており、波型の文様や長方形の穴が開いているのが特徴だ。新羅は素朴な文化、百済は優雅な文化を持っていたといわれているが、加耶も優雅な曲線を持った土器が出土している。
 加耶のもう一つの特徴は、この地域が鉄鉱石の産地であったため、鉄器が多く出土していることだ。古墳からも鉄製の槍や刀、馬具などが発見されており、強力な武力を持っていた国だったということが分かる。またこの古墳から出土した鉄器の中で特徴的なのが、農機具の縮小模型だ。鍬やシャベルに似た農機具のミニチュアが古墳から出土し、農耕が重要視されていたことが分かる。
 

日本との交流関係を示す資料

 2階の常設展示館も興味深い。発掘調査をした古墳や、中国の文献などから加耶の文化に関する研究がなされており、当時の様子を様々な角度から確かめることができる。高度な築造技術を持っていたことが分かる古墳の築造過程から、土器や武器、王の被っていた金の冠なども興味深い。加耶の時代以前に刻まれた壁画が展示されているが、その岩が古墳の石室を閉じる岩として使われていたというエピソードも面白い。また韓国の歴史書である「三国遺事(サムグクユサ)」にある加耶に関する記述も興味深いが、その理由は邪馬台国に関連すると思われる記述があるためだ。高霊を訪れる日本人観光客は、日本の古代史に関心を持つ人が多いが、多くの人が「三国遺事」に記された、加耶を示す地名の中に「邪馬」の字を見つけて感銘を受けるのだという。
 ここで一つ気になることがあった。加耶の文化が日本の各地で発見されていることについて、「加耶は日本の統治下にあった」、あるいは「日本は加耶の統治下にあった」という二つの説がある。それについて文化解説士の窪田さんは、「最近の研究では、統治という形ではなく、文化的な交流が行われていたとされている」と説明した。高霊郡側もこの古墳群を通して日本との文化交流をしていきたいと考えているという。
 現在に脈が続いている加耶の文化もある。土質がいいため硬い土器を作ることができたという土器の技術ももちろんだが、加耶の文化として最も有名なのは伽耶琴(カヤグム)だろう。加耶国の嘉実(カシル)王のもとで、楽師・于勒(ウルク)により開発された伽耶琴は、韓国を代表する弦楽器の一つで、日本に伝えられた伽耶琴が正倉院に保存されている。大加耶が新羅に統合された後も于勒が改良を加え、伝承しているが、実は于勒はまだ大加耶が統合される前に新羅に亡命したという説もあるという。于勒の亡命によって伽耶琴が現在にまで残るようになったというわけだ。大加耶博物館の一つである于勒博物館は快賓(クェビン)里にあり、于勒の生涯と伽耶琴について知ることができるため、ここもぜひ一緒に訪ねてみたい。
 

ハイキング感覚で加耶の古墳を見学

 大加耶歴史館から出て一段高い丘に登ると、大加耶王陵展示館がある。円形の展示館の中には、池山洞古墳群の中でも最大の44号墳の内部の様子を実物大で再現したジオラマがあり、ジオラマの周囲には44号墳の詳しい説明と出土品が展示されている。44号墳は1977年12月に発掘調査がなされた古墳で、中心の石室は盗掘されていたというが、多くの遺物が残されており、大加耶の研究に大きな手がかりを与えた。直径が27mにもなる巨大な古墳の中には3つの大きな石室と小さな32の石室があり、数十人が殉葬されていた。大加耶が最高の力を持っていた時代の古墳であると推測できる。
 副葬品も価値があるものが多い。金の耳飾は丸く膨らんだ形をしているが、現在の技術でもこのように丸く加工することは難しいのだという。また、百済の様式の土器や、沖縄から贈られたと思われる夜光貝のひしゃくなど、他国との交流の証拠となる副葬品も出土している。
 大加耶王陵展示館のすぐ上には登山道のように整備された道があり、古墳を見学することができる。初夏の日差しと爽やかな風に吹かれ、古墳を眺めながら歩いた。こんなにも多くの古墳が集まっているのかと驚くほどの数だ。少し登ると高霊の市内が見下ろせる。国道の向かい側にも幾つもの古墳が並んでいるのが見える。この一帯はかつて木に覆われていたが、古墳の保存と世界遺産の登録のために木を切り倒して整備しているという。道はところどころに石畳が敷かれ、道の両側は芝生が植えられているため、歩いていくととても気持ちがいい。昔は木々に遮られて見えなかったであろう高霊の絶景が見渡せるのだ。眼下には山が重なり、遠くにはうねりながら流れる洛東江が見える。要所要所に立派な松の木が残されており、その下にはベンチもあるため、木陰で休みIMG_8646 
ながらハイキング感覚で歴史探訪が楽しめる。この日も地元の人たちがトレッキングに訪れていた。
 一つひとつの古墳の前には石のプレートが設置され、漢字で古墳の番号表示がされている。この土の下にはどんな人が眠っているのだろうか。大加耶には15代の王がいたと推定されており、それ以外の古墳は当時の貴族のものと推定されている。700基を越える古墳があるが、そのほとんどは発掘調査がされておらず、今もいくつかの古墳が発掘調査の途中だという。まだ謎に包まれている太古のロマンがたくさん眠っているというわけだ。これからの発掘調査によってどんな発見がなされていくのだろうか。もしかすると、日本の古代史に関連する重大な手がかりが出てくるかもしれない。
 古墳群から南の方を見下ろすと、加耶大学のキャンパスがあるが、ここには「高天原故地碑(たかまがはらこちひ)」という石碑があり、日本神話の天津神(あまつかみ)が住む高天原は加耶にあったという説によって建てられた。加耶大学の総長と筑波大学の名誉教授がこの説を主張しており、毎年4月に高天原祭が行われ、毎年日本からも日本の古代史の研究者が多く訪れるという。
 数十基にわたる古墳を見ながら登っていき、一番上の古墳まで登ると本当に見晴らしがよい。木が伐採されることによって最高の見晴らしを得、子孫たちが訪ねてくる姿を見る1500年前の王族たちはどんな気分だろうかと考えてみる。
 

古墳だけでない、加耶の文化を体験

 
 高霊郡には池山洞の古墳群を中心として、この他にも訪ねてみたいスポットが多い。
 まず、先史時代につくられた岩絵である高霊場基里(ジャンギリ)岩刻画がある。青銅器時代の後期に刻まれたものと推定されており、同心円と仮面のような模様が刻まれている。この岩絵は池山洞の古墳の石室のふたに使われていた石にも同じ岩絵が刻まれており、墓を造る当時、場基里から岩を切り出したということが分かる。
 加耶時代に造られた古墳は大部分が、埋葬した後は出入りができないものだが、加耶時代の末期に造られたとされている横穴式の高霊古衙里壁画古墳が発見されている。構造だけでなく、墓の壁と天井に美しく彩色された蓮の華が描かれていることが特徴だ。
 伽耶琴について知りたい人には「加耶鼓(カヤッコ)村」を訪ねることをお勧めしたい。伽耶琴を開発した于勒が生まれた丁丁谷(ジョンジョンゴル)は加耶鼓村と改名され、復元された于勒の家や伽耶琴工房、体験館など伽耶琴の文化を研究・保存する場となっている。
 大加耶博物館の向かいには大加耶歴史テーマ観光地と呼ばれるテーマパークがある。山の間に細長く伸びる公園で、土器や鉄器、伽耶琴など、大加耶に花咲かせた文化をテーマにして、遊びながら文化に接することができる観光地だ。大加耶の文化を立体映像で体験できる映像館や、展示館など、文化を学ぶ場だけではなく、水遊び場やキャンプ場、そりすべり場などもあり、家族で訪れて遊ぶにはぴったりの場所だ。土器や韓紙などの工芸体験もできる。
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 また、大加耶歴史テーマ観光地一帯では毎年4月第2週に大加耶体験祭りが行われる。土器作りや伽耶琴の演奏体験、加耶の歴史を描いた公演や、特産物のイチゴ狩りなど、さまざまな体験が集中して行われる。テーマ観光地の入口にある池では、池の周り全体を舞台にした大型の劇も行われ、華やかな大加耶の歴史を演劇で体験できる。
 高霊を訪れたらぜひ、田舎の料理を楽しみたい。お勧めは「トトリスジェビ」。ドングリの粉を使ったほうとうに似た料理だが、ソウルなどで食べるスジェビを想像してもらっては困る。高麗人参やナツメなど、体にもいい材料がたっぷり入った濃厚なスープで、ボリュームたっぷりなメニューだ。
 

Information

高霊郡には大邱からのアクセスが便利だ。ソウル、釜山からKTXで東大邱駅に行き、大邱市都市鉄道(地下鉄)1号線に乗り換え、聖堂モッ駅で下車。西部停留所から高霊を経由するバスに乗って高霊ターミナルで下車。各観光地へはタクシーが便利だ。
高霊の古墳群などを日本語で解説してくれる無料の文化解説士を依頼することができる。申請方法は、メール(chigusa1004@naver.com)か電話(+82-10-2110-1305)まで(日本語可能)。
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