大邱市近代建築散策

2014年09月19日

大邱の近代史を歩く

大邱市近代建築散策

 様々な魅力を持つ韓国第3の都市・大邱だが、その一つが、魅力的な近代建築が多く残っているという点だ。大邱の近代史を目の当たりにしてきたという歴史性はもちろんのこと、建築物自体の美しさも優れたものが多く、街歩きが好きな人たちをひきつけて止まない。大邱市が提案した近代建築を巡るツアーは、韓国観光公社が選ぶ2012年の「韓国観光の星」にも選ばれた。そんな魅力たっぷりの大邱の近代建築を巡る旅に出てみよう。
文・町野山宏記者
 
 大邱の近代建築の代表格は、やはり桂山(ケサン)聖堂だろう。1902年、ロバート神父によって建てられた、韓国で3番目に古い西洋式聖堂だ。ロマネスク様式を基調としていながらも、高い二つの尖搭がそびえ、中央の白いバラ窓があるなど、ゴシック様式も混ざっている。赤と黒のレンガでつくられており、全体の姿はラテン十字型となっている。
 
桂山聖堂
 
 中に入ると薄暗い中にフランスから取り寄せたというステンドグラスが光り、敬虔な気持ちになってくる。朴正熙大統領が結婚式を上げた聖堂としても知られている。一般にも結婚式場として人気で、1年先まで予約がいっぱいだという。
 桂山聖堂の前の横断歩道を渡ると、木の生い茂る中を登っていく階段が現れる。日本統治時代に起こった独立運動である3・1運動にちなんだ「3・1万歳運動階段」だ。1919年、韓国全土で一斉に市民が太極旗を掲げ、「万歳」を叫んだその日、大邱市民たちはこの階段を駆け下って西門市場へ向かっていった。90段に及ぶ長い階段で、両側には当時の写真が展示されている。階段を登りながら後ろを振り返ると、生い茂る葉の間から桂山聖堂が見え、絶好のフォトスポットにもなっている。
 階段を登りきると、赤レンガの西洋風の建物が迎えてくれる。アメリカの宣教師が1890年代に入ってきて、宣教活動を行った「青蔦の丘」だ。それぞれ違うデザインの3軒の家が並んでおり、宣教師スウィッツの住宅は宣教博物館として、宣教師チェムニスの住宅は医療博物館として、宣教師ブレアの住宅は教育歴史博物館として運営されている。
 
宣教師住宅
 
 基本的にはレンガ造りの西洋式の建物だが、韓国の伝統家屋の様式との折衷スタイルで、どこから見ても絵になる美しい住宅だ。内部は当時の宣教師たちが暮らしていた姿を残している。家具や本、ピアノなど、本国から運んできた品々が残っており、100年の歳月と宣教師たちの生活の様子が感じられる。庭にはさまざまな木が植えられているが、大邱で最初に植えられた西洋リンゴが3代にわたって植えられており、歴史を感じさせる。庭の一角は宣教師たちの墓地となっており、明るい日差しの中で西洋式の墓石が並んでいる。宣教師たちは故国を離れて異国で生活し、生涯を終え、宣教地の土となったわけだ。
 宣教師たちは宣教活動だけでなく、東山医療院の前身である「済生院(チェセンウォン)」を建てて医療活動を行い、啓聖学校を建てて教育を行うなど、地域の復興に大きく寄与した。済生院という小さな医療施設は今では東山医療院という大学病院にまで規模が拡大したことを考えると、当時の宣教師が大邱市民に与えた恩恵の大きさがどれほどのものかが分かる。
 青蔦の丘を越えると東山医療院がある。医療院も新しい建物が建っているが、1931年に建てられた赤いレンガ造りの旧館も残されている。フレッチャー宣教師が中国から技術者を呼んで建てた3階建ての建物で、中央のポーチを中心に左右対称となっている。
 東山医療院から大通りを渡ると、宣教師によって建てられた啓聖(ケソン)中・高等学校がある。1906年、アメリカの宣教師アダムス博士が自宅を臨時の校舎として使用して始まった中学校である啓聖学校がその前身だ。27人の学生を集めて始まったが、1908年には校舎・アダムス館を新築した。大邱・慶尚地域で最初の西洋式の校舎で、現在も当時の姿をそのままとどめている。中央部分が突き出たレンガ造りの建物だが、屋根に瓦を葺いた韓洋折衷様式で、アダムス宣教師が設計したという。
 啓聖学校にはこの他にも美しい近代建築が幾つも残っている。1913年に建てられたマクファーソン館は、啓聖学校の2代校長であったライナー宣教師が資産家のマクファーソンから資金援助を受けて建てたもの。これも韓洋折衷の建築様式を採用している。
 1931年に建てられたヘンダーソン館はさらに規模が大きくなり、3階建ての校舎となっている。第4代校長のヘンダーソンがブレア宣教師の資金援助を受けて建てたものだ。中央の玄関の両側には八角形の搭があり、アクセントを与えている。校舎の中も当時の様子がそのまま残っており、モダンなデザインが目を引く。
 啓聖学校には校舎だけでなく、体育館もユニークな姿を見せている。1955年、啓聖学校の開校50周年記念事業として建てられた大講堂で、当時の大邱においてはかなり大きな規模だった。当時の建物では珍しい鉄筋コンクリートの建物で、赤レンガと白い筒型の屋根が独特な建築美を見せている。
 

昔の雰囲気を残す路地ジンコルモク

 桂山聖堂の裏側にある薬令市場の通り周辺にも見るべきところは多い。薬令市韓医薬博物館の隣には、古い歴史を持つ旧第一教会がある。第一教会自体は青蔦の丘に新しい建物が建てられており、この旧堂は1908年に建てられた、大邱・慶尚地域で最初のプロテスタント教会だ。正面に大きな窓の開いた三角屋根の本堂部分の右に美しい装飾で飾られた尖塔が建っている。ほぼ全体がつたに覆われており、歴史を感じさせていたが、つたの根が建物を損傷させるということで、やむなくつたの除去と補修工事に入った。工事に入る前には多くのファンが訪れてつたが絡まる姿を写真に収めた。今年10月には工事が終え、新しい姿でお目見えする予定だ。
 韓薬の匂いが立ち込める薬令市場の通りを歩いていくと、「ジンコルモク」という路地がある。「ジン」というのは、「長い」という慶尚道方言で、「コルモク」は路地のこと。すなわち「長い路地」を表す言葉だ。長いというわりには100mほどの短い路地だが、100年を越える歴史を持った路地として有名だ。達成徐氏のお金持ちが住む地域として知られ、大企業の創始者や政治家などが住んでいた。しかし、道路や塀や立ち並ぶ家が新しくなることもなく、昔の姿をとどめている。
 ジンコルモクに見所はたくさんあるが、路地に入る角にある「美都茶房(ミドタバン)」が有名だ。ここは大邱の詩人や小説家のアジトだったという喫茶店。全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領も訪れたところで、昔の喫茶店の様子がそのまま残っている。今でも毎日ここへ「出勤」してくるおじいさんたちがいるという。
 ジンコルモクを美都茶房の反対側に入っていくと、「鄭(チョン)小児科医院」の看板が目に入る。大邱で最古の2階建て西洋式家屋で、水色に塗られた古めかしい門の中にはその歴史を物語るような立派な松の木が見える。その隣にある韓定食・ヤクジョン食堂も、ジンコルモクを代表する場所だ。伝統家屋の韓屋様式のコの字型の建物で、ドラマ「ラブレイン」のロケ地にもなった。もちろん、健康的なおいしい料理が味わえるため、食堂としてもお勧めだ。食堂の門の横には雰囲気のいい閉ざされた門があり、 その風景にぴったりのオブジェも置かれ、フォトスポットとしても人気だ。
 ヤクジョン食堂の裏にある華僑協会と華僑小学校も見逃せない。華僑協会が使っているこの建物は、1929年に大邱の富豪であるソ・ビョングクが中国の建築家・慕文錦に依頼して建てたレンガ造りの建物で、花崗岩の白い玄関部分が印象的だ。
 

カトリックの歴史を刻む名建築を巡る

 最初に紹介した東山医療院を中心とした一帯が、プロテスタントの宣教師によって建てられたものが多い反面、天主教大邱大教区庁を中心とするエリアにはカトリックの近代建築が集まっている。教区庁の敷地内にも美しい建築がいくつかあるが、代表格は聖母堂だ。1918年に建てられた聖母堂は、フランスにある「ルルドの泉」で知られるルルドの洞窟を精巧に再現したもの。14歳の少女の前に聖母マリアが現れ、その時マリアが示した泉によって不治の病が治ったという奇跡が有名だ。そのルルドの洞窟の模型が世界各地につくられているが、大邱の聖母堂は韓国で唯一のルルドの模型だ。いつも多くの信徒たちが祈りを捧げる聖地となっている。赤と黒のレンガでつくられたアーチの中にマリア像が立つ洞窟の模型があり、神秘的な雰囲気を漂わせている。
 
聖母堂
 
 教区庁の敷地の隣には大邱カトリック大学校の聖ユスティノキャンパスがあるが、1914年に建てられた校舎が美しい。ロマネスク様式とゴシック様式を合わせた建築で、中央の尖塔と1階に並ぶアーチが特徴的だ。建設当時はコの字型だったが、現在はその一部だけが残されている。中央の搭の裏側は建物の後ろの方へ突き出しており、この部分が礼拝堂になっている。現在は礼拝堂として使われていないが、聖画がかかった祭壇などがあり、その姿を留めている。
 教区庁の西の門を出ると、道路を隔てて位置しているのがシャルトル聖パウロ修女会大邱管区だ。当時の大邱大教区の教区長であったドゥマンズ主教が、医療事業を助ける修道女の派遣をフランスのシャルトル聖パウロ修道女会に要請し、1915年に発足した修女院だ。この修女院にも多くの名建築物がある。ただ、関係者以外立ち入り禁止となっているため、見学したい場合は事前に予約して案内を受ける必要がある(010-2924-2646)。
 修女院の門を入るとまず目に入るのがコミネット館だ。ドゥマンズ主教がロバート神父の助けを借りて建てた2階建ての建物で、この修女院で最初に建てられたもの。ロマネスク様式とゴシック様式でつくられており、正面のポーチや階段の装飾なども美しい。コミネット館の右側に接続する形で聖堂が建てられている。最初に建てられた時はコの字型だったコミネット館だが、1927年、ドゥマンズ主教がコミネット館のアーケード部分に聖堂を増築して、全体で山の字型の平面になった。コミネット館とは違い、礼拝堂の窓は上部の尖った尖頭アーチとなっており、建築様式の変遷を見ることができる。外観はルネサンス様式、内部はヴォールト(アーチを平行に並べた形の天井)のゴシック様式の独特な様式を持っているのが特徴だ。礼拝堂を別途に新築してからは博物館として使用されていたが、2013年に歴史館として新しくオープンした。100年にわたる修女院の歴史を知る貴重な資料が見学できる。
 歴史館の隣にはレンガ造りの古い揚水搭が建っている。朝鮮戦争当時までは水道がなく、この一帯が高台にあるため、生活用水は近くの井戸まで水を汲みに行かなければならなかった。修女院の保育園で面倒をみる子供たちの数が戦争による孤児の増加によって急増し、井戸水だけは不足していた。そのような状況を見ていたフューズ神父が技術者を呼んで作らせたのがこの揚水搭。井戸水を搭の上まで引き揚げて、水が落下する力で水を行き渡らせたものだ。
 大邱市にはこの他にも美しい近代建築が至る所に隠れている。カメラ片手に路地を歩き回る建築散歩をしてみてはいかがだろうか。
 
 

Information

大邱まではソウル駅を起点に毎時15分間隔でKTXが1日55回、東大邱駅まで運行中。所要時間は約1時間40分。大邱市中区役所が文化解説士による路地ツアーを運営している。大邱市観光サイト(http://tour.daegu.go.kr/jap/)で案内パンフレットをダウンロードし、希望のコースを申し込めばよい。問い合わせは、大邱広域市中区庁(+82-53-661-2194/韓国語)もしくは大邱市庁観光文化財課(+82-53-803-3905)〈取材協力:大邱広域市〉

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