ソウルから1時間半、忠清南道・公州レトロ散策
ソウルから1時間半、忠清南道・公州レトロ散策
百済の歴史遺跡がユネスコ世界遺産に登録されて、世界から注目を浴びている忠清南道の公州市だが、百済の遺跡ではないもう一つのスポットが韓国で人気を呼んでいる。それは近代の公州の街の様子が残る旧市街の旅。韓国では「原都心」と呼ばれ、レトロブームに乗って、中高年はもちろん、若者もカメラを持って街歩きを楽しんでいる。そんな公州の代表的な街歩きスポットを紹介しよう。
文/町野山宏記者
公州市は今から1500年前、百済の首都として栄えたが、百済の滅亡後は日の目を見ることがない地方都市だった。日本統治時代には忠清南道の道庁所在地だったが、1932年、隣の大田(テジョン)市に道庁が移ってからは、再び地方の小都市に戻った。それでも昔の栄えた姿を旧市街に感じることができる。
公州の旧市街への旅は、錦江(クムガン)を渡るところから始まった。公州市の中央を東西に横切る錦江を渡る橋はいくつもあるが、その中で最も古いのが、1933年につくられた鉄橋だ。掛けられた当時は漢江以南で最も長い橋で、ソウルから木浦に向かう国道1号線に掛けられた。工法も当時としては最新のもので、橋梁史的にも重要な意味を持つものだ。
現在は他の場所にもっと立派な橋が掛けられているが、昔の情緒を感じながらゆっくり歩いて渡れるのがこの鉄橋の魅力。もとは往復1車線ずつあったが、今では車は一方通行で、あとの一車線は自転車や徒歩で渡れるようになっているのだ。今でも多くの市民が利用しており、渡る間にも何人もの人とすれ違った。橋の上から眺める錦江や公山城もいいものだ。
鉄橋を渡ると公山城の入口がすぐだ。勇壮な錦西楼の前を過ぎ、国道に沿って歩く。しばらく行くと繁華街に出た。道を右に折れると小さな川が現れる。旧市街に沿って流れ、錦江に注ぐ済民川(チェミンチョン)だ。どの街にもあるような平凡な川だが、川に沿って散策ができるように道が整備されており、最近、川沿いの道に面してカフェが何店かオープンして話題を呼んでいる。古くなった建物をリニューアルしてつくられたカフェ「BACH」や、伝統茶の店「ルチアの庭」などが人気だ。
特に「ルチアの庭」は、韓屋を改造してつくられた伝統茶の店として人気を呼び、公州を旅行するならば必ず行くべきところとして各種メディアに紹介された。「ルチア」という洗礼名を持った女性が経営しており、伝統茶を本格的に学んだ方だけに、お茶の持つ本来のおいしさがよく引き出されている。オンドル部屋や板の間、少し高くなった屋根裏部屋など、どこでも落ち着いた雰囲気で、思わず長居をしたくなる。このカフェの裏にはここのオーナーの旦那さんが経営するチョコレートの店「チョコルーチェ」があり、「ルチアの庭」に劣らない味を誇るため、どちらを訪ねようかと迷ってしまうことだろう。
ルチアの庭に入る狭い路地も、昔の情緒が残る場所として密かな人気を呼んでいる。「トンボが遊んでいった路地」と名づけられたこの路地には、昔の家屋や倉庫の建物がそのまま残っており、タイムスリップしたような感覚が味わえる。昔から公州で暮らしている人の話によると、この路地の隣の道路は昔の繁華街だったという。その道路沿いには「学生百貨店」の看板がかけられた建物があるが、70年代に営業していた「湖西(ホソ)劇場」だ。劇場の壁には昔の映画「公山城の血闘」のポスターを模写した壁画が描かれている。お世辞にも上手とはいえない壁画もご愛嬌だ。
済民川沿いのカフェ通りの近くには公州邑事務所だったレンガと石造りの立派な建物がある。1920年に忠南金融組合連合会の会館として建てられ、当時流行した古典主義様式の典型的な建物だ。その後に公州邑事務所、公州市庁として使用された。市庁として使われたにしては小さい建物のように感じるが、立派な石の円柱や左右対称に作られた丸い窓などが非常に豪勢で権威的な印象を与える。現在は公州歴史映像館として使われており、公州の歴史を物語る写真が展示されている。
この建物の周辺を歩いてみると、興味深いものが見つかる。映像館の向かいに伸びる路地を入っていくと、韓国では珍しい木の電柱が残っている。今ではほとんどがコンクリートの電柱に変わってしまった中で、現役で残っている貴重なものだ。また、湖西劇場と共に公州市民を楽しませたアカデミー劇場跡もこの近くに残っている。映画の看板が掛けられていた跡やチケットを売る窓口などが当時の姿を思わせる。
日本統治時代の名残はこの他にもある。旧市街を見下ろす鳳凰山の中腹に警察庁の跡地があるが、その隣に黒く塗られた木造の日本家屋が建っている。1930年代に建てられた木造家屋で、規模から推測するとある程度地位の高い人が住んでいた家ではないだろうか。現在は、ナ・テジュという詩人の詩を中心とした展示を行なう「草花文学館」となっている。
済民川に沿って南に下った辺りにあり、見逃せないのが公州第一教会だ。レンガ造りの教会で、西洋の城を思わせるファサード(正面部)と十字架を掲げた塔が印象的だ。1931年に建てられ、朝鮮戦争のときに破損したが、1955年に改築工事を行った歴史的な公州の遺産だ。
済民川沿いにも近代の歴史が多く残っているが、大通りの向かい側にも重要な文化財が見られる。公州の旧市街を見下ろす小高い丘の上に建てられているのが公州中洞聖堂だ。1898年にフランスの神父がここで宣教を始め、現在の聖堂は1937年に建てられた。典型的なゴシック様式で、装飾は少ないながらも赤レンガと灰色のレンガの調和が美しい。礼拝が行なわれている時間以外は自由に中に入れるようになっている。信徒がいつでも訪ねて祈祷していくことができるようにとの配慮だろう。壮大さよりは素朴さを感じさせる室内は、薄暗い中にステンドグラスからの光が差し込み、神秘的な雰囲気をかもし出している。聖堂の隣には同じく1937年に建てられた司祭館も残っている。聖堂の前の庭はよく整えられており、周辺には散策路もあってとても雰囲気がよいところだ。
聖堂がある丘からは、隣の丘の上にある忠清南道歴史博物館が見える。もとは1973年に国立公州博物館として建てられたが、2004年に現在の場所に移転した。内部は忠清南道の郷土の歴史資料を中心としているが、記者が興味を持ったのは、日本統治時代当時に忠清南道で生まれた日本人の雨宮宏輔氏が寄贈した遺物の展示だった。雨宮氏は公州で氷の工場を営んでいた雨宮忠正氏の息子で、寄贈したのは青銅器時代の磨製石剣や朝鮮時代の聖堂鏡、大韓帝国時代の絵葉書などで、いずれも雨宮氏の父親のコレクションだという。小さいながらも意義深い日韓交流のエピソードだ。
博物館の建物も興味深い。2階建てで、2階に突出した宋山里古墳の入口の形をモチーフにした窓が印象的だ。韓国現代建築の第1世代である李喜泰(イ・ヒテ)氏が設計によるもので、建築史的にも意味あるものだ。忠清南道歴史博物館の敷地内にある桜の古木も有名で、桜の時期には多くの花見客が訪れ、毎年桜祭りも行なわれている。
公州の歴史紀行、探してみると充実した旅が楽しめるはずだ。百済時代の遺跡を巡る旅の間の日程に取り入れてもよいだろうし、ソウルから日帰りで楽しんでもよい。気軽に行ける韓国の地方旅、それが公州の一つの魅力だろう。
Information
公州市へはソウル南部ターミナルから高速バスを利用するのが便利だ。市内の移動はタクシーが便利だ。公州市では自転車専用道路が整備され、公共自転車貸与サービスも行なっている(外国人は韓国在住者のみ利用可能)。
公州市:http://tour.gongju.go.kr/html/jp/(日本語)
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