論山の栄華の歴史が宿る「江景近代歴史遺産」

2019年08月30日

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論山駅から車で20分の距離にある江景(カンギョン)は、100年ほど前の論山の繁栄の痕跡を見つけることができる場所だ。

江景は内陸部にある論山の田舎の村だが、あちこちに開港場で見られるような赤レンガの建物と、日本の近代史のドラマに出てくるような建物が建ち並ぶ。これらは港を中心に強大な富と経済圏を持っていた当時の華やかな江景を物語る。今では人口1万の閑静な田舎町に過ぎないが、錦江で海とつながっているために、内陸に深く入りこんだ港にもこのような繁栄が訪れたのだ。

江景の港があるため、群山(クンサン)港はもちろん、木浦(モッポ)や釜山(プサン)、遠く江原道の東海港で獲れた魚介類まで江景に集まった。最も深い内陸にあるため、陸地での移動時間を節約し、内陸輸送に優れた江景は一気に巨大な港に成長し、論山最大の経済圏を形成した。

「1930年代に湖南線鉄道が開通してからは地上物流が発達して江景は急激に衰退しましたが、それ以前には漁師たちは、魚を獲った船でここ江景の港まであがり、交渉をして売っていたのです。内陸と近いので、周辺の商人たちが一人二人と訪れるようになって、国際開港場にも劣らない盛況を見せました。自然と港の周辺に市場が形成し、集まってきた人々のために、様々な店やデパート、銀行など、大都市だけの専有物が入ってきました。1920年代には忠清南道で初めて電気が入ってきた経済大都市となったのです」というのが江景地域文化解説者であるチョン・オッキュさんの説明だ。

もちろん、それも過去の栄光として残るのみ、今では普通の小さな地方小都市の姿をしているが、当時の華やかなりし時代の姿は、江景市内のあちこちに残る当時の歴史遺産が代わりに伝えてくれている。代表的なのは、やはり近代の建築遺産だ。最盛期である1920年代前後に建てられた当時の建物がまだ江景市内のあちこちに残っており、当時の華やかさと隠された江景の全盛期を物語っている。

 

江景のランドマーク「韓一銀行江景支店」

IMG_2211 1910年代初頭に建てられた韓一銀行江景支店の建物が代表的だ。今では江景歴史館に変わって観光客を迎える江景近代建築遺産のランドマークの役割を果たしている。旧韓一銀行の建物である江景歴史館の内部には、当時の歴史を思い出す資料がいっぱいだ。1920年代前後の生活必需品や当時の写真資料などが展示されているが、最も目を引くのは、他でもない金庫だ。旧韓一銀行の建物の展示スペースの裏側には、重い鉄の扉の後ろに巨大な倉庫のような金庫が設置されている。何のための金庫なのかと気になって訊いてみると、担保物を保管するための巨大な金庫なのだという。当然都市の銀行であれば、家の文書や保証書などが担保となるため、小さな金庫で十分だったが、港町だった江景の担保物件は、魚の干物などの実物が担保になったという。港町にある旧韓一銀行でなければ見られない建築様式なので、かなり興味深い。

赤レンガの落ち着いた雰囲気を醸し出す外観も見どころだ。一階建ての建物だが、窓を長く作って2階建てにも見える威厳のあるルネッサンス風建築様式で重厚感が感じられる。あちこちに花崗岩の彫刻が華やかに飾られており、栄えた当時の江景の港の情緒を言葉なく伝えている。

現在、旧韓一銀行江景支店(江景歴史館)は、外部の復元・補修工事が進行中だ。残念ながら、外部全体が復元工事のためのパネルで覆われており、来年上半期まで見ることはできないが、内部の展示は行われているため、足を運んでみる価値はある。

 

近代韓屋の変遷を示す「旧延寿堂乾材薬房」

旧韓一銀行江景支店の建物から5分ほど歩くと日本式の木造建築様式を反映した韓屋の建物が迎えてくれる。これが旧延寿堂(ヨンスダン)乾材薬房の建物である。1923年に建てられた延寿堂乾材薬房は、2階建ての日本式の木造建築で、江景の多くの建築物の中で、復元作業を経ていない現存する唯一の建物としての象徴性が高い。

最大の観覧のポイントは、伝統的な韓国式の構造に商店の機能を加え、近代期の韓屋の変遷を示している点だ。構造は韓国式だが、雨をさえぎる1階の日よけの屋根、屋根の装飾材、そして変化した縁側などに日本の木造建築の様式が忠実に反映されており、日本統治時代に建てられた1920年代の韓国内の建築の変化をこの目で確認することができる。

 

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当時の歴史を伝える建物はこれだけではない。江景の港の痕跡を伝える閘門や、韓国初の労働組合である旧江景労働組合の建物(1925年完工)をはじめ、日本統治時代の米の収奪の歴史を示す江景駅前米穀倉庫(1935年推定)、日本式の鋭角屋根の建築様式が目を引く江景工業商業高校官舎(1931年完工)、そして1911年に湖南線の列車開通と共に建てられた、蒸気機関車の給水のための連山駅給水塔などの建築遺産が点在するため、江景の町の中に混在する日本近代史の足跡を振り返ってみるにはぴったりの場所だ。

 

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また、日本統治時代に江景の港の中心商圏だった当時の本町通りの建築物を修理・復元したテーマ通りである江景近代歴史通りもある。現代の建築技法でやりすぎた修復が行われ、当時の痕跡が消えてしまったのは残念だが、当時、江景に住んでいた日本人が残した建物がまだ残っており、軽く散歩してみるにはいいだろう。

 

天女が惚れた絶景「玉女峯」

江景で絶景を見たいという人には、玉女峯(オンニョボン)がおすすめだ。論山8景の一つ、玉女峯の本来の名前は江景山だが、玉皇上帝の娘が降りてきて遊んでいるうちに時を逃して天に上がることができずに死んでしまったという伝説がある。玉皇上帝の娘、すなわち玉女が愛した所ということで玉女峯と呼ばれている。

なんといっても風景がすばらしい。下流には群山港、上流には百済の都である扶余につながっており、江景の繁栄をもたらした錦江に、江景川と論山川に分かれる三つの水流が分岐して対岸の平野と晩秋の草原が広がる絶景だ。さらに、日が暮れる頃であれば錦江全体を赤く染める夕日の美しさは絶頂に達する。日本統治時代、日本人がここ玉女峯に神社を建てたという。玉皇上帝の娘が絶景に魅せられたように、日本の神もやはりここが気に入ったのかも知れない。江景旅行の終止符として訪ねておかないと後悔することになるだろう。

 

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