朝鮮後期の両班家屋の白眉・明齋故宅

2019年08月30日

논산시_메인A

 

古代から近代まで、さまざまな歴史遺産が残る論山だが、朝鮮時代の遺産を代表するのは両班たちの故宅。当時の文化と思想、そして知恵を垣間見ることができ、とても興味深い。

朝鮮時代は儒教の時代だった。儒教の徳目を体得した「両班(ヤンバン)」と呼ばれる学者が国をつかさどった。両班たちはそれぞれの地域で韓屋を建てて住んでいたが、それが韓国のいたるところにそれらの故宅が残っている。

論山にある故宅は、「明齋故宅(ミョンジェゴテク)」。朝鮮第19代王である粛宗(スクチョン)の時代の党派の一つ「少論(ソロン)」の指導者である尹拯(ユン・ジュン)の故宅である。尹拯は由緒ある家門に生まれ、深い知識と徳から何度も役人に推挙されながらもすべて辞退し、故郷で学問に精進した。明齋故宅の名は尹拯の号である「明齋」からとったものだ。

明齋故宅では、前もって予約しておけば、この家の子孫が案内してくれる。その方の話によると、1709年に建てられてから尹拯の子孫が代々ここで暮らしており、300年の間、この家を守っているという。しかし、尹拯の生前に建てられた家屋でありながら、尹拯自身はこの家に住んだことはないという。「草家三間」と呼ばれる最も粗末な家に住んでいた尹拯のために弟子たちがこの家を建てたが、「自分にはこんな立派な家は必要ない」といって、もとの家に住み続けたのだ。そしてこの家は弟子たちの育成のために使い、孫の代になってはじめてこの家に住み始めた。

 

논산시_서브04(명재고택)

 

明齋故宅は韓国の中部地方の伝統韓屋の典型的な様式を見せている。山を背後にして南向きに建てられ、男性の空間であるサランチェと女性の空間であるアンチェが別々の建物に分かれている。
まずはサランチェから見学してみよう。サランチェの南側は、右側の板の間と中央のオンドル部屋、左側の「楼(ヌ)マル」の三つの部屋に分かれている。オンドル部屋は思ったよりも広い。おじいさんが使う部屋で、来客時には中央に間仕切りを立てるなどしてフレキシブルに使用した。そしてこの部屋で特筆すべきは狭い控え室との間にある「アンゴジギ門」と呼ばれる扉。これは引き戸と開き戸を兼ねた、ここにしかないものだ。4つに分かれた扉の内側の2つは引き戸で、引き戸を開けて重なった2枚の扉を開き戸として開けることもできるため、一つだけ開けた状態から完全な開放までさまざまなバリエーションが可能になるっているのだ。保存状態もよく、つくられた当時の扉が今も使われていることに驚きを隠せない。

楼マルと呼ばれる高床式の部屋はさらに居心地のよい空間だ。縁側に似た「退マル」と呼ばれるところより30センチほど床が高くなっている楼マルは、その名称からも分かるように、高いところからの見晴らしがよくつくられた部屋だ。窓が閉まっていると、天井が低い屋根裏部屋のような感覚だが、窓を開けた瞬間、その景色に感嘆の声があがる。庭の木々や目の前の池、そして遠くまで見渡せる。さらにこの窓も内側の二枚の扉を開けてから、外側の扉を上に開けることができる。右側の壁の窓まで開ければ、その開放感は言葉ではいい表せないほどだ。正面は窓もすべて開放すると、最も安定感を感じるという16対9のワイドスクリーンの対比と一致するという。

 

IMG_4703

 

サランチェに感嘆し、次はアンチェに向かう。サランチェの左に続く塀にある中門からアンチェの領域に入るようになっており、中門にも明齋故宅ならではの工夫がなされている。中門は普通、外側の扉と内側の入口が互い違いになっており、外からの視線をさえぎるようにつくられているが、明齋故宅では扉の下の部分が開いていて、アンチェの中央の位置から訪問者の履物が見えるようになっている。履物によって、家族であるかないかはもちろん、訪問する人たちの身分の高低を知ることができ、それに見合ったもてなしを準備することができるのだ。

アンチェはマダンと呼ばれる中庭を囲むコの字型になっている。中央が板の間で、東側に嫁の部屋と結婚前の娘の部屋、西側に姑の部屋がある。ほとんど左右対称に建てられているのが明齋故宅のアンチェの特徴の一つだ。

 

IMG_4713

 

今も主人が使っているため、嫁の部屋だけ見学することができた。興味深いのは結婚前の娘の部屋と嫁の部屋の間に別室が設けられていること。ここは嫁と娘だけの空間だという。嫁の部屋が東側にあるわけも興味深い。朝日のよい気を受けて健康な男の子を産んで欲しいという配慮からだという。この部屋の窓を開けると、味噌などを入れた甕がずらりと並んだ向こうにケヤキの大木が見え、嫁が期待されながら待遇されたことが分かる。

 

IMG_4717

 

アンチェの西側に隣接する「クァン」と呼ばれる倉庫にも明齋故宅ならではの工夫が見られる。アンチェとクァンの間には、軒が接するか接しないかくらいの空間があるが、裏よりも表のほうが広くなるようにクァンが建てられている。それによって、アンチェに差し込む西日をさえぎりながらも充分な採光を確保することができる。また、夏に南西方向から吹く風は空間が狭くなることで速度を増し、冬に山側から吹く風は空間が広くなることで遅くなり、夏は涼しく冬は暖かく過ごせるようになっている。そのような科学的な工夫がなされているのは実学にも目を向けた尹拯の思想の表れだといえるだろう。

 

IMG_4721

 

このようなすばらしい故宅も焼失の危機に陥ったことが2度あった。東学党の乱で蜂起した農民たちは、これまで自分たちを搾取してきた両班の家をことごとく襲った。明齋故宅も火をつけられたが、村人が火を消して難を逃れたという。それは、周囲の人々に与えるなどしながら、謙虚な生活を実践していたことによるものだ。また、韓国戦争の時に北の軍に占領され、米軍が爆撃しようとしたことがあった。その時もこの故宅の価値を知る人の進言によって爆撃目標から外されることになった。

先人の知恵が詰まった故宅を見学してから、裏山を巡る散策路を歩いてみよう。ケヤキの大木の下に散策路がつくられており、ずらりと甕が並ぶ向こうに故宅が見える。その向こうに夕日が落ちていく、この上なく美しい光景が広がる。この故宅では宿泊も可能なため、この風景を独り占めする贅沢を味わうのもオススメだ。

 

논산시_서브03(명재고택)

 

Pocket

関連する記事はこちら

논산시_서브01(관촉사_은진미륵)

不思議な風貌の仏像が迎える千年古刹・灌燭寺

論山の古代史を見たいなら、般若山の山すそにある仏教寺院、灌燭寺(クァンチョクサ)が名所だ。論山駅からタクシーを利用して15分程度で行けるのでアクセスも便利だ。 灌燭寺は高麗時代の968年(光宗19)に僧侶の慧明(ヘミョン)大師が創建した寺だ。この寺が有名な理由は、境内の一角にある…続きを読む

인천투어패스

【仁川地域/町野山宏】仁川観光公社、「仁川ツアーパス統合券」発売

  仁川市と仁川観光公社が5月の旅行シーズンを迎え、仁川を訪問する国内外観光客が仁川の観光地をリーズナブルな価格で手軽に楽しめる自由利用券型「仁川ツアーパス統合券」を新しく発売した。 今回発売された統合券はモバイルチケット一つで48時間の間仁川の主要観光地を自由に楽しめ…続きを読む

B_대구01

【大邱地域/山崎裕子】日本の5都市を一周しながら大邱観光コンテンツを広報

  大邱広域市が日本の九州地域や中国地域を回りながら、大邱の観光情報や韓流観光コンテンツの現地広報に乗り出し、話題となっている。 大邱市は今月5月の1ヵ月間、韓国観光公社福岡支社と共に九州一帯を一周する「移動式訪韓観光キャンペーン特別イベント」を実施している。大邱市が訪…続きを読む

강릉단오제

【江陵地域/服部亜津子】ユネスコ遺産「江陵端午祭」、5月30日開幕

  ユネスコ人類無形文化遺産に認定された韓国伝統の節句祭りである「江陵端午祭(カンヌンタノジェ)」が5月30日から6月6日までの8日間、江原道江陵(カンヌン)市内の南大川メインスタジアムで幕を開ける。 祭りは新型コロナウイルス感染症拡大で2020年にはオンラインで、20…続きを読む

1

【釜山地域/木内徳子】 高価美術品が楽しめる、釜山龍湖湾遊覧船ターミナル

高価美術品が楽しめる、釜山龍湖湾遊覧船ターミナル 皆さん、アートには関心がありますか? 実は釜山で高価美術品を無料で見られる、穴場的な場所があります。 それは龍湖湾(ヨンホマン)遊覧船ターミナルにある「海成(ヘソン)アートベイ」です。 今は1、2、3階がアートセンターになっていて…続きを読む

1

【大邱地域/松田カノン】大邱で一番見晴らしのいい場所は!?

こんにちは。カルチャーライターのカノンです。 春らしいい天気が続くこの頃。 晴れやかな空と爽やかな気候に誘われて、急に解放感溢れるあの場所に行きたくなりました! あの場所とは……アプ山展望台。 大邱の街が一望できる絶景スポットです。   緑あふれる山の斜面に沿って頂上へ…続きを読む

D_경주

【慶州地域/藤原美由紀】2022慶州観光ビッグセールイベントを実施

  慶州市がポストコロナの社会的な距離確保の解除により、沈滞した慶州市観光活性化のために旅行客対象インセンティブ事業を8月31日まで進行する。 イベント対象者は国内外の観光客のうち、対象施設(観光:金庾信将軍墓、武烈王陵、鮑石亭、五陵、大陵苑、絹虫電動車/ 宿泊:吐含山…続きを読む

Image2

論山市観光ニュース

毎週、新しい論山市の観光ニュースとトピックをお伝えします。 Pocket


東海岸圏経済自由区域01
東海岸圏経済自由区域02

  • travel agence