素のソウル・ディープな街、「岩山の下」昌信洞を歩く

2017年09月22日

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ソウルを囲む城郭の、東大門の外側にある町、鍾路区昌信洞(チャンシンドン)。ちょっとディープで、飾らないソウルの姿が見られる街だ。街の姿も、グルメも、歴史もちょっと興味をそそる昌信洞を訪ねてみよう。

文/町野山宏記者

 

地下鉄1・4号線東大門駅を出ると、東大門の通称を持つ「興仁之門(フンインジムン)」がその威容を現す。朝鮮時代にはここに城郭があり、東大門を通って漢陽の中と外を出入りしていたわけだが、今では東大門は道路の脇に孤立して残っている。ソウルの他の門と東大門の違いは、「甕城」。門を半円形に囲む二重の城壁で、ソウルの土地が東が低く、東を守る洛山も西の仁王山に比べて低いため、ソウルが攻められたときの弱点になると考えられたためであるといわれている。東大門の名称に「之」の字を入れたのも風水の観点で強めるためだったともいわれる。

さて、ここ東大門から南に下るとDDPや東大門ファッションタウンなどおなじみのショッピング街に出るが、今回はここから鍾路に沿って東へ歩いてみよう。たくさんの人でにぎわう通りをしばらく歩くと文具通りの標識が現れる。ここから右に伸びる通りが昌信洞玩具文具通りだ。ソウルで一番の規模を誇る文具通りでは、他よりは少し安く文具を販売しているため、新学期が始まる前や、こどもの日、クリスマスなどには子供連れが押し寄せる。

店先ではピコピコと音を立てるたくさんのおもちゃたちが子供たちを誘惑する。はしゃいでいる子供たちの声もあってとてもにぎやかだ。店内に入ると、棚から床まで所狭しと文具が並べられている。一昔前までも日本のキャラクター商品が多かったが、最近では韓国発のキャラクター商品も増えてきて、デザインのレベルも高くなっている。昌信洞を訪れた記念に、ちょっと変わったお土産を探してみてもよいだろう。

実はこの文具通り、ソウルの東側に位置する洛山から流れる永美亭洞川(ヨンミチョンドンチョン)という暗渠になった川の上につくられている。そしてこの川は鍾路の通りを渡った向かい側に続いているのだが、そちらは昌信市場となっている。狭い路地の両側に食材の店や食堂、雑貨屋などさまざまな店が並び、活気を見せる。この市場の名物は「メウンチョッパル(辛い豚足)」。店先で売っているのを見るとおいしそうで、興味半分で買ってはみたものの、そうとうな辛さだ。一切れはなんとか食べきったものの、そこでギブアップ。辛いものに挑戦してみたいという人にだけお勧めしておこう。この他にもさまざまなグルメが並んで目と鼻を刺激するため、何かを食べずに通り抜けるのは至難の業だ。

 

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縫製の町、岩山の下

 

市場を抜けて、北にしばらく歩いていくと、細い路地に何件か並んでいるのは美容室だ。いわゆる町の美容室で、おばちゃんたちの談笑する声が聞こえてくる。それにしても美容室がよく目に付く。実際に他の地域より美容室の数は多いのだという。その訳は、昌信洞が「縫製の町」というもう一つの顔を持っているためだ。昌信洞を歩いていると、どこからともなく「ドルルルルッ」というミシンの音が聞こえてくる。東大門市場で販売する衣類の多くは昌信洞の小さな町工場でつくられているのだ。その町工場で働く女性たちが多いため、美容室が多くなったというのが地元の人たちの話だ。今では中国や東南アジアにその位置を譲ってしまったが、かつては大縫製団地をなしていたという。ただ、60~70年代は工場の労働条件は劣悪で、安い賃金で長時間働かされる若者たちの悲哀の歴史が込められている場所でもある。

縫製の町という昌信洞の特徴は、悲しみばかりを湛えているのではない。古い町並みの再生事業が注目を浴びる中で、昌信洞は模範となっている地域だが、その事業の一つとして話題になったのが、「000間」という小さな企業だ。「公共空間」という言葉と同音の名称の社会的企業で、縫製工場から出るハギレなどを使って斬新なデザインの服をつくるなどの事業を行ないながら話題になっている。

さて、住宅街をさらに北上すると、目の前に昌信洞のもう一つの名物が見えてくる。切り立つような岩山だ。昌信洞は洛山の山すそにできている町だが、実は朝鮮末期から日本統治時代にかけては採石場だった。ソウル駅やソウル市庁、朝鮮総督府などその頃のソウルの代表的な近代建築はほとんどここから切り出した石を使って建てられている。朝鮮戦争後などは住むところのない人たちが採石場の近くにまでバラックを建てて住み、この一帯は「トルサンミッ(石山の下)」という別名も持っている。

岩山の上にも家が建っており、その不思議な光景に思わず言葉を失う。崖の脇を上る階段もあるため、上まで登ってみよう。息が切れるような階段を上りきると小さな公園が迎えてくれる。住民のための文化センターがあり、簡単な展望台が設けられているため、最後の力を振り絞って上ってみよう。苦労して登ってきたこともあるだろうが、そこからの眺めも壮観だ。眼下には小さな家々がびっしりと並び、その向こうにはソウルの城郭がそびえている。公園の前には小さなカフェもあり、安い価格でおいしいコーヒーが飲めるので、一休みしてもいいだろう。

ここから道に沿ってさらに登っていくと洛山公園に出られるが、反対に道に沿って降りる方向にも昌信洞ならではの楽しみがある。「渦巻きの道」の別名を持つこの道は、驚くほどの傾斜を蛇行しながら下りていく。この道をたくさんの荷物を載せたオートバイが恐るおそる下りていき、腰の曲がったおばあさんが休みやすみ登っていく姿も見える。こんなところにもソウルの普通の人たちの生活があるのだと今更ながらに驚かされる。

 

岩山の上の寺院・安養庵

 

坂を降りて、先ほどの市場の端まで行った後、東へしばらく歩いて安養庵(アニャンアム)に向かう。ミシンの音が絶え間なく聞こえる道を登って降りると、左手に丹青が施された寺の門が見えてくる。安養庵は朝鮮末期に建てられた寺で、韓国仏教美術博物館の寺刹博物館ともなっている。小さな寺ではあるが、この寺ならでは、昌信洞ならではの特徴を持っている。その一つが磨崖仏だ。寺の一方に大きな岩がそびえているが、その岩に観音菩薩が刻まれている。観音様というとたおやかなイメージがあるが、ここの観音菩薩は穏やかながらも男性的な雰囲気を持つのも一つの特徴だ。

010-2 安養庵自体が岩の上に建てられた寺だが、大雄殿の裏には岩山があり、登れるようになっている。手すりもないので少し危ないが、岩の上から眺める景色が圧巻だ。岩山の下に寺の屋根、その向こうには古い家屋の屋根、そして高層アパートが立ち並び、ソウルの街中にある異次元のような感覚さえ覚えるほどだ。

安養庵から近いところには冷麺の有名店もある。「洛山冷麺」という、テレビにも何度も紹介されたことのある店だ。辛い薬味を入れないものからとても辛い味付けのものまで4段階の辛さから選んで注文する。辛いものが好きな人から苦手な人まで誰でもおいしく食べられる。大盛りもあるが、普通でも量が多めなのも嬉しい。

ざっと紹介した昌信洞だが、ネパール人が運営するネパール料理の店「エベレスト」や、世界的な現代アーチストであるナム・ジュン・パイク(韓国名:白南準)の生家を改造した「白南準記念館」など、まだまだ紹介しきれない魅力は多い。立派な文化住宅でありながら放置された「ミステリー空家」や、映画のロケ地として使われた名物アパート「東大門アパート」など、マニア心を刺激する「名所」も多い。そんな昌信洞を実際に訪ね、自分だけの魅力を見つけ出してみるのはいかがだろうか。

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