ソウルの中の異国を巡る ~ソウル貞洞探訪

2015年04月20日

ソウルの中の異国を巡る

ソウル貞洞探訪

 

貞洞ベテル教会日本の幕末を前後した時代が激動の時期であったように、韓国においても旧韓末(クハンマル)と呼ばれる朝鮮時代末期を前後した時期は、大きく国が揺れ動いた時代だ。諸外国からの新しい文物が紹介される反面、外国勢力が脅威となって、国内では開国と攘夷の間で揺れ動いた。そんな韓国の近代史を目の当たりにしてきた生き証人が、ソウル市庁の西側の徳寿宮(トクスグン)を中心とした貞洞(チョンドン)地域だ。朝鮮時代の末期、西洋人が多く住んでいたこの地域は、各国の領事館が多く建てられた。そのため、西洋式の建物が残っており、それを見て回るだけでも楽しいが、その建物にまつわる歴史を知っておくと面白みは何倍にもなる。貞洞の近代建築を回るお勧めコースを紹介しながら、その歴史についてまとめてみた。

文/町野山宏記者

 

 

貞洞ツアーはソウル聖公会の聖堂から出発しよう。ソウル市庁から地下道を通って世宗大路(セジョンデロ)を渡り、路地に入るとすぐにある赤い屋根の建物だ。韓国で唯一の完全なロマネスク様式の教会で、外観も、内部の装飾も息を呑むほどの美しさだ。西洋の文化が流入したこの時代、韓国へのキリスト教の宣教もこの時期に始まった。イギリスから始まった聖公会が韓国で設立されたのは1889年。その後、宣教活動が活発に行われ、このソウル聖堂は1926年にイギリス人アーサー・ディクスンの設計によって建てられた。完成当時は一字型だったが、後にイギリスの博物館で本来の設計図が見つかり、1996年に増築して設計図どおりのラテン十字型となって現在に至る。イギリスから技術者を招いてつくった祭壇のモザイク画が黄金色に輝く。大きなパイプオルガンもあり、音楽会が開かれることもあるという。平日の10時から14時までは中を見学することができる。この裏には聖公会の主教館があるが、モノトーンの韓洋折衷の様式が特徴的だ。

韓国唯一のロマネスク様式の「ソウル聖公会聖堂」

韓国唯一のロマネスク様式の「ソウル聖公会聖堂」

 

聖堂から石塀に沿って南に行くと、一日3回、守門将交代儀式が行われて観光客を集めている、徳寿宮(トクスグン)の大韓門(テハンムン)が現れる。門を入ると公園のような気持ちのよい空間が広がっている。徳寿宮はもともと朝鮮第9代王である成宗(ソンジョン)の邸宅としてつくられたが、文禄の役の戦火で荒廃した景福宮(キョンボックン)の代わりの臨時王宮として使われ、第15代光海君(クァンヘグン)が居住して「慶運宮(キョンウングン)」と名づけれられた。近代においては朝鮮26代高宗(コジョン/後に大韓帝国光武皇帝)が改修し、退位するまでここで政治を司った、近代の歴史の舞台となった場所だ。現在の「徳寿宮」という名は高宗の息子である純宗(スンジョン)が長寿を祈願する意味で改名したもの。

大韓帝国歴史館として公開された「石造殿」の内部

大韓帝国歴史館として公開された「石造殿」の内部

徳寿宮の中心であり、国の公式行事などが行われた中和殿(チュンファジョン)などの伝統建築も見ものだが、近代史を象徴するかのような西洋式の建物も目を引く。そのうちの一つ、石造殿(ソクチョジョン)が見所だ。イギリス人建築家ハーディングが設計し、1900年から10年にわたって建てられた東館と、1938年に日本によって建てられた西館の2棟の古典主義建築が建っている。東館は激動の歴史の中で本来の姿が失われてしまったが、5年にわたって建築当時の姿に復元する工事が進められ、高宗が大韓帝国を宣布した日を記念して、2014年10月13日に大韓帝国歴史館としてオープンした。内部の見学も外国人は現場で受付ができるので、ぜひ見ておくことをお勧めする。西館は徳寿宮美術館として使われている。

 

徳寿宮石造殿

徳寿宮石造殿

 

徳寿宮は人気の観光地の一つだが、見逃しがちなのが、静観軒(チョングァンホン)。大韓門を入って右の奥、木々の間にひっそりと建っている韓洋折衷式の建物で、ここは高宗が宴会や音楽鑑賞などをしていたところだ。大韓帝国時代に西洋式の建物を多く建てたロシア人・サバティンが設計した建物で、手すりには大韓帝国の皇帝の象徴である、松、鹿、コウモリをあしらった装飾も施されて興味深い。後述するが、高宗がロシア公使館に居所を移した時に初めてコーヒーに接し、洋食の給仕を担当していたドイツ人のソンタク(Sontag/孫澤)婦人から毎日コーヒーを淹れてもらっていた場所としても知られている。3面が開放されたオープンテラスで美しい庭園を眺め、ベートーベンを聴きながらコーヒーを飲んでいた高宗。優雅な生活のように感じるが、この時、高宗は列強勢力と政治闘争の軋轢の中で、国難を脱するための策を練っていたのではないだろうか。

高宗が、韓国に初めて紹介されたコーヒーを飲んでいた「静観軒」

高宗が、韓国に初めて紹介されたコーヒーを飲んでいた「静観軒」

 

 

石塀の道から貞洞ギルに列をなす近代の痕跡

徳寿宮を出て、大韓門の左に続いている石塀の道を歩いてみよう。実はこの道、おかしな都市伝説があることをご存知だろうか。恋人同士でここを歩くと、後で別れることになるという話だ。そんな噂が流れたわけは、この先に旧大法院(裁判所)の建物があるためだ。多くの夫婦がこの道を歩いて裁判所に行き、離婚して帰ってきたためだという。今はその建物はソウル市立美術館になっているため、若い恋人たちのデートコースともなっている。ソウル市立美術館は、日本の建築家である笹慶一と岩槻善之が設計したファサード(前面部分)だけ残して、後方部分は明るい近代的な建物になっている。2階のカフェは窓から徳寿宮が眺められるため、人気が高い。

ソウル市立美術館の庭に面したロータリーには他の見所がある。道を隔てたすぐ隣の貞洞教会ベテル礼拝堂は、1885年、韓国初の宣教師であるアメリカのアペンゼラー牧師が韓屋を購入して始まった礼拝堂で、その10年後の1897年に500名を収容できるビクトリア様式の礼拝堂を建てた。礼拝堂の一角にある鐘楼は尖塔ではなく四角い搭であるのが特徴だ。壁に並んだ白い枠の窓は尖頭アーチとなっており、特色のある美しさが目を引く。ここにあるパイプオルガンは韓国のプロテスタント教会では最古のものだ。

四角い塔が特徴的な「貞洞教会ベテル礼拝堂」

四角い塔が特徴的な「貞洞教会ベテル礼拝堂」

 

ロータリーから左にカーブした道を少し進むと右側に現れるレンガ造りの建物は、培材学堂(ペジェハクタン)の東館だ。培材学堂はアペンゼラー牧師が創立した韓国最初の近代式教育機関。高宗が「有用な人材を養う家」という意味を込めて「培材学堂」の名と扁額を下賜した。李承晩(イ・スンマン)元大統領をはじめ、多くの人士を輩出した学校で、現在は培材学堂の歴史を伝える博物館となっており、韓国の近代史との深い関連に関する資料が閲覧できるだけでなく、1930年代の教室の様子を復元した部屋に入って当時の姿に思いをはせることもできる。

先ほどの交差点から貞洞劇場へ向かう道は貞洞ギルと呼ばれるが、この道沿いにも歴史的な建築物が並んでいる。貞洞劇場のすぐ左にある路地を入っていくと、徳寿宮重明殿(チュンミョンジョン)がある。1897年、皇室図書館として建てられた重厚な雰囲気のレンガ造りの建物だ。徳寿宮の大火災の時には高宗が移住した場所であり、ここは日本と乙巳条約が締結された、韓国にとっては痛みの歴史が刻まれている場所でもある。現在は重明殿を中心とした近代の歴史についての博物館として一般公開されている。

昔は徳寿宮の敷地内にあった「重明殿」

昔は徳寿宮の敷地内にあった「重明殿」

 

貞洞ギルをさらに進むと左側にあるのが梨花(イファ)女子高だ。門を入って左にある建物は、シムスン(シンプソン)記念館と呼ばれ、梨花学堂に始まるこの学校の歴史についての博物館となっている。シムスン記念館の前は、大韓帝国の外交に多大な貢献をしたソンタク婦人が建てた「ソンタクホテル」があった所で、今は案内板だけが残っている。

梨花学堂シムスン記念館

梨花学堂シムスン記念館

 

また、この隣にある昌徳(チャンドク)女子中学の敷地内には、旧フランス公使館跡がある。1896年に建てられたフレンチルネサンス様式の華やかな建物だったが、朝鮮総督府によって解体されてしまい、跡地には礎石だけが寂しく残っている。

現在は塔のみが残る「旧ロシア公使館」。「俄館播遷」の舞台となった。

現在は塔のみが残る「旧ロシア公使館」。「俄館播遷」の舞台となった。

梨花女子高の向かいの路地を上がっていくと、右側に貞洞公園がある。公園脇の高台に白い搭がそびえているが、これが旧ロシア公使館だ。公使館として使われていた当時はこの何倍もの大きな建物で、当時の領事館の中で最大の規模を誇っていたが、朝鮮戦争当時に大部分が焼失し、今は搭だけが残っている。ロシア公使館は韓国の近代史において重要な場所だ。高宗の妃である閔妃(ミンビ)が暗殺された乙未事変の後、高宗が日本の勢力圏から逃れるためにロシア公使館に居所を移した「俄館播遷(露館播遷)」という事件の舞台となったためだ。面白いのは、この公使館の地下にはトンネルが発見され、俄館播遷の時に高宗が通った秘密通路だったのではないかという話もある。

ロシア公使館を越えて、右の方へ回っていくと、左に見えるのが救世軍中央会館だ。年末になるとソウルのあちこちで赤い鍋を置いて募金活動をしている救世軍は、イギリスのメソジスト教会の牧師夫婦によって設立されたキリスト教の教派団体だ。韓国では1908年から布教活動が始まった。ここ救世軍中央会館は1928年に建てられたレンガ造りの2階建てで、中央部の三角形の屋根を支える4本の円柱が特徴的だ。2階は礼拝堂になっており、美しい木造の柱や装飾を見ることができる。

救世軍中央会館を見学したら、その道をさらに歩いてみることをお勧めしたい。右にアメリカ大使館邸があるため物々しい警備兵が立っているが、左側には徳寿宮の石塀と、その向こうに宮の建物も見える気持ちのよい散歩道だ。

これで貞洞散歩は終了だが、貞洞を散歩してから立ち寄ると楽しいのが、貞洞展望台だ。徳寿宮の石塀の道沿いにあるソウル市庁別館の13階にあり、貞洞を空から一望できる。歩いてきた場所を確認できるだけでなく、ソウルの昔の写真も展示されており、ソウルがどのように変わってきたのかも見ることができる。今はなき旧フランス公使館も白黒写真でその姿を見ることができる。

 

Information

ソウル市中区貞洞へは、地下鉄1・2号線市庁駅下車。ソウル市が主催する無料のウォーキングツアーでは、日本語の解説付きで貞洞散歩が楽しめる。詳細は、ソウル市公式観光情報サイト「Visit Seoul」を参照。

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