丸ごと楽しむ慶尚北道 ② 〈安東、聞慶、慶山〉伝統村、茶碗の故郷、韓方化粧品

2016年07月11日

安東仮面劇

 慶尚北道は韓国の精神 文化の中心地いわれる。ソンビとよばれる儒教の徳目を大成した人が多く住んでいた地域であるためだ。その中心は慶尚北道の中でも安東市にあるといって過言ではない。そして、安東の隣の聞慶にはソンビたちの出世にちなんだ歴史的遺跡があることで知られている。韓国人の間で「一度は行ってみたい観光地」に選ばれる安東と聞慶、そして話題の化粧品で注目を集める慶山を旅してみた。
文/町野山宏記者

 

 

伝統韓屋村を訪ね、月映橋で愛を誓う…安東

韓国の首都はソウルだが、韓国の精神文化の首都といえば安東市のことだ。昔から両班(ヤンバン)が多く住んでおり、今でもその伝統を守っている家門が少なくない。安東の代表的な観光地となっている河回(ハフェ)マウルもそのような両班の伝統を固守している代表的な村の一つだ。

河回マウルは豊山柳氏(プンサンリュシ)の一族が600年間、代々生活を営んできた韓国の代表的な同姓村。朝鮮時代の儒学者である柳雲龍(リュ・ウルリョン)と、文禄の役の時に領議政だった柳成龍(リュ・ソンヨン)の兄弟が生まれたところとしても知られる。2012年7月31日にはユネスコ世界遺産にも登録された。大きく蛇行する洛東江(ナクトンガン)に囲まれた地域であることからその河回マウルと名づけられた。

村の多くの家屋が歴史的な人物が住んでいた建物だが、それを知らなくても韓屋の美しさを充分堪能できる。土と瓦で造られた塀の向こうに瓦屋根が並び、柳氏の本家である「養真堂(ヤンジンダン)」や、英国のエリザベス女王が訪れた「忠孝堂(チュンヒョダン)などの由緒ある韓屋は中に入って見学することもできる。

河回マウルの細い路地の散策をゆっくり楽しんだ後は、村を高いところから俯瞰できる「芙蓉台(プヨンデ)」に登ってみよう。村から洛東江を渡し舟で渡ったところに断崖がそびえており、その上に登って河回マウルを見下ろすことができる。瓦屋根が並ぶ村落を囲むように洛東河が流れる光景を眺めていると、タイムスリップしたような感覚さえ覚える。この村で実際に生活している人たちがいるというのだから驚きだ。

河回マウルでもう一つ有名なのが、「河回タル」と呼ばれる伝統仮面だ。そして、ユーモラスな表情のこの仮面をかぶって風刺劇を披露する「河回別神グッ仮面舞踊」も河回マウルで観覧することができる。毎週水・土・日曜日の午後2時から3時まで、河回村の入り口にある「河回別神グッ伝授館」にて開催されるため、時間が合えばぜひ見ておきたい。韓国の伝統的な村を舞台に繰り広げられる日常を風刺した劇で、学者、両班、僧侶、嫁、おばあさん、馬鹿などの役割をそれぞれ演じるが、儒教の伝統を保つ村であるにもかかわらず、劇の内容は、権威を持った人たちの姿を笑い、下ネタまで飛び出す始末。会場からは大爆笑が沸き起こるほどの面白さだ。韓国語が分かれば面白さは倍増するが、ユーモラスな動きを見ているだけでも充分楽しめる。劇を演じる人はほとんどが男性で、女性の役も男性が仮面をかぶって行うが、そのしぐさは男性の演技とは思えないほどだ。この仮面劇は重要無形文化財として指定されており、公演は毎年春から秋にかけて行われる。

月映橋 安東には愛する人と共に訪ねたい場所がある。「月映橋(ウォルヨンギョ)」というロマンチックな名前を持つ、安東ダムの前に掛けられた長さ385mの橋だ。2003年に造られた韓国で最も長い木製の橋で、山に囲まれた周囲の景色に溶け込んで美しい。橋の中央には「月映亭」という東屋も建てられており、デートコースとしては最適な場所だが、景色の美しさ以上に人々の心を震わせるストーリーが込められている。

1998年4月、安東市の墓地を宅地開発する過程で、1586年に31歳の若さでなくなった李應台(イ・ウンテ)という男性の墓が見つかった。墓の中にあったものは、彼の妻が自分の髪で編んだミトゥリ(わらじ)と、夭折した夫への切々たる思いをつづった手紙だった。夫の病気の快癒を願い、大事な髪を切ったにもかかわらず、幼い息子とお腹の中の子供を残して逝ってしまった夫に対する思いをつづった手紙は涙をそそる。この橋は、この夫婦愛をたたえるために、ミトゥリの形をモチーフに造られた。夫婦で、あるいは未来を誓いあった恋人同士で訪れ、永遠の愛を語るにふさわしい場所ではないだろうか。

この「月映橋」という名称は、市民の意見を集めて付けられた。安東ダムの建設で水没した月映台がここに移転したことと、この地域が月谷面と呼ばれたことなどを参考に付けられたという。月映橋というその名のごとく、この橋は夜に訪れてもより美しい姿を見せてくれる。川面に映った月の美しさはもちろん、橋もライトアップされ、ロマンチックな光が二人を包んでくれるに違いない。

安東チムタク 安東を訪れたら、食で困ることはない。韓牛や塩サバなど、安東を訪れたらぜひ味わっておきたい料理がたくさんあるからだ。そして韓国ならではのピリ辛のメニューが好きな人にお勧めしたいのが安東チムタク。チムタクとは蒸し焼きの鶏を意味し、辛いソースで野菜や春雨と共に炒めた鶏肉が食欲をそそる。焼酎で一杯やりながらつまむには最高の料理だが、肉を平らげてから残ったソースにご飯を絡めて食べると絶品だ。安東チムタクを食べるなら、それぞれの店が味を競い合う「安東チムタク通り」に行くのが間違いない。安東駅から近い安東旧市場にあるため、夜に訪ねても宿に帰る足を心配しなくてもいいのがありがたい。チムタク通りのどの店に入ってもおいしく食べられるが、店ごとに少しずつ味が違うのも興味をそそる。

安東旧市場を訪ねたら、すぐ近くにあるマンモス製菓を訪ねてみよう。ここの「クリームチーズパン」が絶品なのだ。ミシュランガイド韓国版にも紹介され、韓国の三大ベーカリーの一つとして有名で、クリームチーズパンは早めに行かないと売切れてしまうほどの人気。もちもちした食感の生地の中に、ほどよく酸味のきいたクリームがたっぷり入っており、人気の理由が納得できる味だ。

 

韓国人に一番人気の観光地・聞慶セジェ…聞慶

聞慶には、韓国人ならば誰もが行きたがる観光名所がある。聞慶セジェと呼ばれる峠だ。朝鮮時代、嶺南地域(慶尚道地域)から漢陽(現在のソウル)に行く峠道は3つあったが、そのうちで最も多く使われたのが聞慶セジェだ。科挙を受けるために漢陽を目指した人たちが、縁起を担いで通ったためだといわれている。「竹嶺(チュクリョン)はチューと滑ってしまい、秋風嶺(チュプンリョン)は秋風で枯葉が落ちるように落ちるといって、近くに住む人もわざわざ聞慶セジェを通って科挙を受けに行ったのです。『慶』ばしい知らせを『聞』くという地名もいいですから」と聞慶セジェ監理事務所の金琇默(キム。・スムク)所長は語る。

聞慶セジェ しかし、聞慶セジェを越えるのは楽なことではなかっただろう。「セジェ」とは「鳥も越えるのが難しい」という意味を持っており、それほど険しい峠道だったことが分かる。実際に訪ねてみると、壁のようにそびえたった山が視界をさえぎり、昔の人たちはここを越えたのかと気の遠くなるような思いになる。

聞慶セジェは道立公園に指定されているだけに、景色のすばらしいことでは他の追随を許さない。主屹関(チュフルグァン)、鳥谷関(チョゴククァン)、鳥嶺関(チョリョングァン)という三つの関門があり、雄荘な門と背景の山の緑が調和して、すばらしい絶景をつくりあげる。3番目の関門である鳥嶺関まで歩くと数時間かかるが、最初の関門である主屹関までは10分ほどで到着するため、散策にはもってこいだ。

主屹関を越えてしばらく歩くと、「大王世宗」、「成均館スキャンダル」などのドラマを撮影したオープンセット場がある。すべてドラマのために建てられたセットだが、よく造られており、朝鮮時代にやってきたかのような雰囲気が楽しめる。今も現役でドラマの撮影に使われているため、撮影の現場に出くわすこともあるかもしれない。

聞慶のもう一つのテーマは陶磁器だ。陶磁器の中でも「チャッサバル」と呼ばれる茶碗が有名で、伝統方式を固守している巧の精神が感じられる茶碗で知られる。伝記やガスの窯を使えば90%の成功率を得ることができるが、わずか3%しか成功しないという伝統窯を使っているのだ。団子をいくつも並べたような形をしている「マンデンイ釜」と呼ばれるもので、窯を炊くにも困難が多いが、これにこだわるのはやはりよい作品が焼けるということだ。聞慶セジェを中心に「聞慶伝統茶碗祭り」が毎年4~5月に行われているが、祭りには伝統窯を使う職人だけが参加できる。現在、聞慶に170の伝統窯が残っているが、これは聞慶が唯一なのだという。

聞慶セジェから近い聞慶陶磁器博物館では、名匠の茶碗を鑑賞でき、茶碗祭りで受賞した世界の茶碗なども展示している。博物館には工房もあり、ろくろで陶磁器を作ってマンデンイ窯で器を焼く体験をすることもできる。博物館の隣にはミュージアムショップもあり、名匠たちの作品をはじめ、地域の作家たちの作品を購入することができる。高価な茶碗だけでなく、思わず手が伸びるお買い得な値段の作品もあるので、旅の思い出として一つ購入してはいかがだろうか。

オミナラ 聞慶の農産物を扱った新しい名所も見逃せない。聞慶の特産品の一つが五味子(オミジャ)だが、五味子を使ったワインが味わえる「オミナラ」を訪ねてみよう。韓国ならではのワインをつくろうと、韓国独自の材料を探していたイ・ジョンギ氏は、長年の研究の結果、五味子と出会うことになり、五味子のワイン「オミロゼ」を誕生させた。五味子は、甘い・すっぱい・苦い・しょっぱい・辛いという5つの味がするという木の実で、体によいことで知られている。「オミロゼ」には、天然の炭酸が五味子の5つの味がほどよく調和したスパークリングワインと、オーク樽で熟成させた「プレミアワイン」がある。「オミロゼ・プレミアワイン」は2015年4月に大邱と慶尚北道で行われた世界水フォーラムの晩餐会での乾杯酒に選定された。
このような「オミロゼ」を体験できるのが「オミナラ」だ。蒸留所を見学でき、五味子の畑とオミロゼのワイナリーを見学し、オミロゼの試飲が楽しめるコースをはじめ、オリジナルラベル入りのオミロゼをもらえるコース、実際に蒸留して直接オミロゼを作れるコースなど多様な体験ができる。もちろん、気に入ったら購入もできるため、韓国ならでは、聞慶ならではのお土産にはぴったりの製品といえる。
「オミナラ」ではこのたび、ワインだけでなく、「コウンダル(美しい月を意味)」という蒸留酒も発売した。度数は52度で、聞慶陶磁器で熟成した透明なものと、オーク樽で熟成した黄金色の製品があり、特別な贈り物としても喜ばれる一品だ。

ハヌルホスで人気の韓方化粧品を体験…慶山

安東と聞慶で楽しんだ後、大邱空港から出発する前に寄っていくことをお勧めしたいのが、慶山市にある化粧品メーカー「ハヌルホス(SKYLAKE)」だ。大邱市と慶山市との境にそびえる八公山の山すそにあるハヌルホスは、特別な韓方水を使用した韓方化粧品を販売している。地方都市に店を持ちながらも口コミで人気が集まり、ソウルのロッテ百貨店や仁寺洞で販売されるようになった。そして今や東京、神戸、香港、シンガポール、ニューヨークに店ができる世界的な人気化粧品ブランドとなった。

ハヌルホスの一番の特徴である「韓方水」とは、韓方の薬草を煮詰めるときに出る水蒸気を集めた蒸留水。ハヌルホスの徐美子(ソ・ミジャ)代表が乳がんを患ったとき、友人から勧められた「韓方水」を飲むことで病状が快方に向かったことから、これを多くの人に広めたいという思いから化粧品の開発を始めたという。製品は、一番人気の韓方化粧水をはじめ、韓方クレンジングパウダーなどの化粧品のほか、天然素材のみをつかった韓方石鹸も人気だ。

ハヌルホス ハヌルホスの本店は、山の緑に囲まれた韓屋様式の店で、化粧品の販売だけでなく、伝統茶のカフェもあり、ハヌルホスの製品をつくる体験もできる。韓屋の自然な雰囲気をたっぷり感じられる店内で、宮廷官女のようなエプロンと頭巾をつけて体験ができ、それだけでも気分が盛り上がる。体験ではマスクパックや韓方シャンプー、韓方石鹸などの人気商品をつくることができる。
慶山の山が気に入ったら、八公山にあるカッパウィを訪ねてもよいだろう。「笠岩」という意味で、頭に笠のような岩を乗せている不思議な仏像だ。ここで祈ると願いが叶うといわれ、入試の日には全国から参拝客が訪れる名所だ。

自然を楽しみ、歴史を楽しみ、味を楽しみ、健康になって願いも叶う慶尚北道の旅、大邱への直行便の就航と共に一度訪れればリピーターとなることは間違いなしだ。

 

Information

慶尚北道の各都市へは市外バスの利用が便利だ。T-way航空が、関空だけでなく、成田、福岡からも大邱国際空港へ就航を開始したため、大邱空港からはより慶尚北道が近くなった。それぞれの地域へのアクセスはサイトを参照。

| 安東市(http://jp.tourandong.com/

| 聞慶市(http://japan.gbmg.go.kr/

| 慶山市(http://gbgs.go.kr/open_content/jpn/index.do)。

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