世界遺産の都・扶余の新しい魅力を求めて

2016年09月21日

百済園

韓国の歴史観光地として最も有名なのは、三国を統一した新羅の都である慶州だが、新羅によって滅ぼされた百済の都である扶余も、歴史好きにはたまらない観光地だ。ただ、ほとんどが建物の址のみを見るだけであるため、相当な関心がなければ難しいテーマであったことは事実だ。しかし、それも昔の話になりつつある。扶余に今までになかった新しい観光地ができ初めてひそかな人気を呼んでいるのだ。昨年、ユネスコ世界遺産に登録された百済の遺跡と共に、新しく脚光を浴びている観光地を紹介しよう。

文/町野山宏記者

 
扶余はどんな都市かと聞かれれば、「古の百済の都」という言葉に尽きるだろう。街の中心には世界遺産に登録された遺跡がいたるところにあり、1500年もの歳月を耐えてきた百済の痕跡を見ることができるため、百済抜きには扶余を語ることはできない。

まず、百済がどんな国だったのかを簡単に紹介しよう。百済の起こりについては諸説あるが、紀元前18年にソウルの漢江の南に都を置いてその歴史を出発したとされている。その頃の朝鮮半島は、百済と、北に大きな勢力を持つ高句麗、現在の慶尚道地域を占める新羅の三国がお互いに攻防を繰り返す三国時代だった。百済は高句麗の勢力に押されて最初の都だった漢城から今の公州市である熊津に都を移し、熊津でも高句麗との戦いに敗れて泗沘に都を定めた。泗沘の都で西暦660年、百済は新羅によって滅ぼされるが、その最後の都となった泗沘の地が現在の扶余郡にあたる。

昨年7月、ユネスコ世界遺産に登録された「百済歴史文化地区」の8つの遺跡のうち、4ヶ所が扶余にあり、その一つひとつが百済の栄枯盛衰を物語っている。

扶蘇山城

まず、扶蘇山城を訪ねてみよう。泗沘の都を守っていた扶蘇山城は都の背後にそびえる山城で、有事の時の砦としてだけでなく、後苑としても使われたものとされている。山を登りながら、途中に三忠祠や迎日楼、泗泚楼など、それぞれに歴史を持った建物が建っており、周りの木々とよく調和して美しい。そして山城を上りきったところに百花亭という東屋が立っているが、ここには百済滅亡に関する悲しい逸話が残っている。泗沘の城が陥落し、新羅と唐の連合軍が都にまで攻めてきたとき、扶蘇山城に追い詰められた宮女たちは、断崖の下の白馬江に身を投げた。宮女たちの数は3千といわれており、衣で目を覆いながら落ちていく宮女たちの姿が、はらはらと散る花のようだったということから、この断崖は「落花岩」という名で呼ばれている。

そのような悲話が残された場所だが、百花亭からの眺めは本当に美しい。この断崖にはここ以外にも朝鮮時代にソンビたちが風流を楽しんだ東屋が幾つもあるほどだ。そして白馬江のほとりまで山道を降りることもできる。断崖の途中には皐蘭寺という寺があるが、ここにも興味深い伝説がある。寺の裏手から湧き出ている湧水に関する伝説だ。ある村に、仲がよいが子宝に恵まれない老夫婦が住んでいた。ある日、おばあさんの夢枕に道士が現れ、「扶蘇山の川岸の岩にある皐蘭草の露と、岩から出る湧き水に若返りの効果がある」と伝えた。さっそくおじいさんにその薬水を飲んでくるようにと送り出したが、おじいさんは夜になっても帰ってこない。翌朝、おばあさんが薬水の出るところへ行ってみると、おじいさんの服の上で赤ん坊が泣いていたという。「その薬水を1杯飲むたびに3歳若返る」という道士の言葉を、その時になって思い出したおばあさん、この赤ん坊を連れて帰り、一生懸命育てたという。後にこの赤ん坊は立派に成長し、国に大きな功績を立てて百済の最高官職に就くまでになったという。今もこんこんと湧き出ている薬水の前では参拝客が列をなしている。

落花岩を下まで下りると船着場があり、帆掛け舟で白馬江のクルーズを楽しめる。のどかな川辺の風景と共に、切り立った落花岩や百花亭なども川の上から眺められる。落花岩には、朝鮮時代の学者である宋時烈(ソン・シヨル)の筆による「落花岩」という字が刻まれているが、この字も舟の上からのみ眺めることができる。

 

優雅な百済の文化を表す定林寺址五層石塔

扶蘇山城の南、泗沘の都の中央には定林寺の址が残っている。場所やその規模から推測すると、泗沘の都において重要な位置を占める寺であったことが分かる。今、定林寺で残っているのは百済時代の石塔と建物の址、高麗時代の石仏のみだが、この石塔の美しさは見るに値する。もともと韓国でも日本や中国のように木製の塔が建てられていたが、独自の石塔文化が発展した。木製の塔の優雅な線を石で表現しながら、均整の取れたその姿は、百済の文化の優雅さを物語るものだ。百済の滅亡と共に寺の建物が燃えた中でも崩れずに残り、1500年の歳月を越えてその優雅な姿を見せている。他の塔は倒壊の恐れがあることから解体・修復作業が行われることが多いが、この塔は地盤の変動にも耐えて、安定した姿を見せている。もし解体してしまえば、今の技術では元に戻すのは難しいだろうともいわれている。

定林寺址

泗沘の都は大きく蛇行する白馬江に囲まれ、防御においてはこの上ない天恵の城となっているが、陸続きとなっている東側には城壁が必要だった。百済時代につくられたその城壁が羅城(ナソン)と呼ばれるもので、今でも一部が残っている。今あるものは石が積み重ねられた塁だが、百済当時は粘土と砂の層を交互に踏み固めた土壁で、山の稜線に沿って6㎞にわたって築いたものとされている。

羅城の近くには陵山里古墳群があり、王族のものと推定されている陵が7基ある。残念ながら古墳の発掘作業前にすべて盗掘されており、遺物は残っていないが、「中下塚(チュンハチョン)」は聖王、「東下塚(トンハチョン)」は聖王の息子である威徳(ウィドク)王のものと推定されている。「東下塚」の内部の壁には四神図が描かれ、天井には蓮の花と雲が描かれている。東西南北の守護神である四神図は道教、そして蓮の花は仏教に関連する文様で、当時、道教と仏教が融合した精神文化を持っていたことが分かる。古墳自体は保存のため、中に入ることはできないが、実物大の模型がつくられており、内部の様子が再現されている。

陵山里の古墳群と羅城との間には百済時代の寺の址が見つかったが、ここで発見された「金銅大香炉(クムドンテヒャンノ)」が国宝287号となっている。龍が咲いたばかりの蓮の花をくわえている姿を表現した香炉で、その精巧さと美しさによって多くの人たちを魅了してきた。国立扶余博物館に展示されているため、ぜひ訪れておきたい。

 

韓国のものなのに懐かしい膨大なコレクション・百済園

歴史観光地としては事欠かないものの、「こればかりでは疲れる」といわれてきた扶余だが、気軽に楽しめる観光地もあり、ひそかな人気を博している。その一つが「百済園(http://www.baekje-won.com)」だ。百済園は、近代史の博物館とでも表現すればそうなのだろうが、そのような陳腐な言葉では表現しきれない魅力を持った空間だ。百済園の始まりは、社長のコレクションだ。韓国での生活に欠かせない日用品から本、レコード、映画のポスター、フィルム、ビデオテープ、装飾品、おもちゃなど、ありとあらゆる品物をコレクションして展示している。あるスペースは骨董屋のように、あるところは近所のタバコ屋のようにつくられており、ある程度の上の世代にとっては懐かしいものにあふれている。子供たちにとってはドラマ「応答せよ」シリーズで見たレトロ文化の実物を見るような感覚だろう。もちろん、外国人の目にも新鮮で楽しいものになっている。

何よりもその展示品の数に圧倒される。その数はおよそ10万点。27年間にわたってコレクションしてきたもので、今まで事業でもうけた何十億ウォンというお金の多くをコレクションに使ってきたのだという。一つの建物だけでは収まりきらず、増設に増設を重ねているが、それでも映画のポスターなどはただ積んであるだけのものもあるため、全部をまともに展示するためにはどれほどのスペースがいるだろうかと想像もつかないほどだ。ある人はしっかりとした博物館を建てて展示すればいいのではないかと提案しているというが、百済園ならではのカオス的な展示のセンスはどこにもないものだといえるだろう。

このような骨董品だけではなく、社長の趣味は多岐に渡っており、百済園には植物園もある。扶余地域に自生するありとあらゆる植物をテーマによって鑑賞でき、皐蘭寺に生えていたとされる皐蘭草も育てている。また植物園には扶余の世界遺産をはじめとする観光地を草や木と石によってミニチュアで再現しており、社長の扶余に対する愛情が感じられる。ただ見学するのもよいが、ガイドによる解説を聞いてみても面白い。40分から1時間ほどで一周するが、聞く人の関心の度合いによっては隠されたエピソードをいくらでも話してくれるという。

展示を見て疲れたら百済園の中にあるカフェでくつろぐのもいいだろう。1万枚におよぶレコードのコレクションから選曲された音楽に浸りながら、天井を覆い尽くすレコードジャケットを鑑賞するのも百済園ならではの楽しみだ。

 

伝統韓屋で夜を過ごし、扶余ならではのお土産を

扶余の地に百済時代から残るのは遺跡だけでない。1500年の時を越えて受け継がれている文化があるが、それが土器だ。普段の生活で使われる陶器は釉薬をかけて焼いたものだが、土器は釉薬をかけずに焼いた素朴な味が魅力だ。黒褐色の鈍い光を放つ土器は、百済の時代にこの地域で発展し、日本にもその技術が伝播した。

百済窯 そんな百済の土器を見て、触れて、体験できるのが「百済窯(http://xn--3h3b03qu7a.com)」だ。ここでつくられる土器を鑑賞して購入するのはもちろん、職人がろくろを回して土器を作っていく姿を見学することもできる。ただの塊に過ぎなかった土が職人の手によって器になっていく姿を見ていると、自分でも作りたくなってくるだろう。そうしたらぜひここで土器作り体験をしてみることをお勧めする。ろくろを使うことは難しくても、土をこねながら自分の思い通りの器を作ってみる体験ができるので、扶余での思い出を形として残すにはもってこいだ。

また、扶余でゆっくり体験をしながら過ごしたい人には、百済窯で宿泊もできる。「扶余百済アートペンション」と名づけられた宿泊施設が敷地内にあるが、白い壁に土器職人たちの姿が描かれ、本物の土器作品が壁に埋められている。白と黒のコントラストに松の木の緑が映えて美しい空間を演出している。韓屋を思わせる装飾が施された室内にも土器が飾られ、百済窯ならではの粋な夜が過ごせるだろう。

人気の宿泊施設は百済窯だけではない。本物の韓屋で過ごしたい人にお勧めしたいのが、扶余伝統韓屋ペンションだ。朝鮮時代に両班の家系が集まって暮らしていた村の一つの韓屋をペンションに改造したもので、実際に韓屋で住んでいる家に泊まらせてもらうような感覚が味わえる。L字型の母屋の片方は団体のための部屋、もう片方は小さな部屋ごとに区切って家族や友達同士で宿泊できる。その隣には、2階が楼になった韓屋も新築され、両班のような優雅な生活も味わえる。観光地を回るだけの旅行ならば、宿泊施設ではただ寝るだけということも多いだろうが、韓屋ペンションを利用するなら、縁側にゆったりと座ってお茶を飲んだり、韓屋がところどころにある村を散策したり、ゆったりとした韓国の田舎ならではの時間を楽しんでみるのはいかがだろうか。

この他にも「閔七植家屋」という文化財に指定された由緒ある韓屋が「百済館(www.baekjegwan.com)」という名で宿泊施設として開放されている。朝鮮時代後期の1705年に建てられたもので、男性が使うサランチェと女性が使うアンチェ、使用人が使う行廊チェという、典型的な両班の家の構成になっているが、ロの字型の横に飛び出している部分があり、これは忠清地域では見られない珍しいものだという。扶余郡が直接、宿泊施設として運営しているため、韓屋としては比較的安い価格で宿泊できるのも魅力だ。

伝統韓屋ペンション(左)と百済館(右)

伝統韓屋ペンション(左)と百済館(右)

扶余の旅を終えて帰る前に、扶余ならではのお土産を買って帰ろう。お勧めなのが、カフェ「百済香(http://xn--3h3b01t90k.kr)」の「蓮花パン」と名づけられたおまんじゅう。扶余を代表する花といえる蓮の花と葉を粉にしておまんじゅうの生地に混ぜてつくったもの。割ったとたんに蓮の香りがふわりと漂う。中のあんこも甘さ控えめの上品な味だ。

百済香 おまんじゅうだけではなく、百済香で楽しめる蓮花茶もお勧めだ。大きな器に蓮の葉茶を入れて、その中に蓮の花を浮かべる蓮花茶は、美しい蓮の花を眺めながら、香りに酔い、味まで楽しめる風流な体験だ。コーヒーや緑茶などはカフェインのために胃腸に負担がかかるが、蓮の葉茶は体にもやさしい健康食だ。蓮の花は初夏に咲くが、摘んだつぼみを真空冷凍しておくため、1年中蓮の花茶を楽しめるという。

ソウルから近いため、日帰りでも楽しめる扶余。しかし、1日で帰るには惜しい魅力がつまった町だ。ぜひ、そんな魅力を充分に感じてみて欲しい。

Information

百済の最後の都である扶余まではソウル江南高速バスターミナルから出発する直通高速バスが平日基準で1日40 回運行中だ。所要時間は約2時間30分。主要な観光名所が扶余市の中心部に集中しており、泗沘百済時代の遺産が満載の国立扶余博物館も観光客に人気だ。黄布帆船遊覧船はクドゥレ船着場で乗船し、料金は片道4000ウォン。船着場の周辺には扶余名物のクドゥレ石焼き包みご飯などの郷土料理専門店もあり、扶余の味を楽しむにも最適だ。

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